クレーマー・マッチングアプリ

ちびまるフォイ

接客業の神器

店員を呼ぶボタンが押された。

テーブルにかけつけるとヤカンのような赤ら顔が待っていた。


「遅い!! 水ひとつ出すのに何分かかってる!!」


「すみません……」


「なんだその平謝りは!! 店長を呼べ!! 責任者を!!」


バックに戻っても当然責任者などいなかった。

この店はバイトだけで回している。


「どしたの? 暗い顔して」


「クレーマーが責任者呼べって……どうしよう」


「それじゃクレーマーぶつけてみたら?」

「え?」


「ほら、クレーマーマッチングアプリ"カタルシス"使ってみなよ」


「ええ……? いろんなクレーマーが画面出てきたけど……」


「ほらこの"死ね"がいっぱいついてる人なんかいいんじゃない?」


死ね評価が高いクレーマーをマッチングさせると、

地面に召喚紋があらわれてクレーマーがやってきた。


「いけ! クレーマー!」


クレーマーは先ほどの客のところへ行った。

個室では何やら大声でわめきあう声が聞こえてから静かになった。


おそるおそる覗きにいくと、文句つけていた客が泣いていた。


「なんでそんな……えぐっ……ひどいこというの……?」


「クレーマーをクレーマーがねじふせちゃった……!」


クレームつける側も自分が反撃されるなど思っていない。

神妙な顔であやまる店員に文句をつける心構えが大半。


そこに自分以上の熱量で自分を真っ向否定するクレーマーが来たら。

クレームに対するクレームで相殺されてしまう。

それが今証明された。


バックに戻ると経緯を話した。


「クレーマーは帰っちゃったよ。ほんとありがとう」


「でしょ。今どきバイトやるならクレーマーマチアプは必須だよ」


「そうだね。何言ってくるかわからないし」


「どうせ文句を言いたいだけなんだから」


それかもクレーマー・マッチングアプリは大活躍。

ことあるごとに湧いて出てくるクレーマー。

そこにアプリでマッチングさせたクレーマーをぶつけて相殺させた。


クレーム応対の時間も減ったし、

店にクレーマーがやってくる率も減ったので平和そのもの。


「これを続けていけばクレームゼロの店になりそう」


お花畑のようなヌルい絵空事を考えるほどに店は改善された。


しかしアプリでクレーム相殺を繰り返していると、

それでも店にやってくるクレーマーのLvが高まることに当時気づいていなかった。


「テーブルが汚れてるじゃないか!!」


「す、すみません!」


「私はね、これでも一流ホテルでの仕事もしていたんだ!

 この店の接客は最低だ!! 教育しているのか!?

 責任者と社員と大統領を呼べ!!!」


「お、お待ち下さい……!」


バックに戻るふりをしてからアプリを立ち上げる。


「お願い……! 誰か! クレーマーを!!」


しかしアプリはなんとメンテナンス中。

長時間メンテが開けるのは翌朝になってしまう。


メンテが明けてからクレーマーを召喚しても、

そのときにはすでに私の心は壊れているだろう。


「ど……どうしよう……」


解決策が思いつくはずもなく、

人身御供のように自分の身をクレーマーへ捧げるしかなかった。


「すみません……。ただいま店長はいなくて……」


「なんて無責任な店だ!! いいか! 私の若い頃はクドクドクド!!!」


攻撃成分100%の突き刺さる言葉の刃。

クレーマーマッチングアプリで逃げていた自分への罰か。


ただ怒りの波が収まるのを祈りつつただ静かに謝っていた。

どうやらそれもクレーマーには火に油を注ぐらしい。


「さっきから謝ってばかりじゃないか! 聞いてるのか!」


「はい聞いてます! ごめんなさい!」


「私はこの店をよくしようとずっと話してるんだ!!

 メモも取らずにただ謝ってばかりの態度はゆるせん!!

 いいか! 私がまだ母親の胎内にいた頃はだなクドクドクド!!!」


「ひいい……」


長尺の映画を超えるほどの大長編がはじまる気がして心が折れる。

この場がはやく終わることを祈るが、クレーマーは助けてくれない。


ああ、誰か。助けてーー……。


そのとき、ふと顔をあげるとクレーマーの周囲を知らない人が囲んでいた。

クレーマーも予想外らしく急にできた人垣に驚いている。


周囲の人達は何をするでもないが、

カメラの動画を回したり、なにかヒソヒソ言ったりしている。


「なんだお前らは! いったいどこから!?

 今はこの店員の接客態度を店のために叱責しているところだぞ!!」


周囲の人達の顔は一斉にしぶい顔になる。


「叱責……?」

「どう見ても理不尽な文句だよね……」

「店員さんかわいそう……」


「う、うぐっ……! お前らは関係ないだろ!!」


( ヒソヒソヒソヒソ )


「やめろぉ! こっちチラチラ見ながらヒソヒソ話すなぁ!」


居心地の悪くなったクレーマーは、

去り際になんかしょうもない捨て台詞を言って帰っていった。

周囲に現れた人たちも任務完了とばかりに解散となった。


嵐が過ぎ去ったあとのように呆然としていると、

バイト仲間がやってきた。


「大丈夫だった? あんまり遅いからクレームつけられてるかと」


「え……。じゃあさっきのは?」


「アプリで呼んだ人」


「でもクレーマーマッチングアプリはメンテ中でしょう?」


「ちがうよ。そっちじゃなくて……」


また別のアプリの画面が表示されている。



「傍観者マッチングアプリ"エキストラ"。

 不満げな傍観者を呼んで味方になってもらえるよ」

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