第18話
義出から戻ったローデリヒは、ただ、無心で研究所の廊下を歩く。
既に彼女は安全な場所に移動させた。
少なくとも、あの協会の主が赤子を、例え獣であろうと見捨てることのない人物であることは知っている。
安全に年頃になるまでは生きる事は出来るだろう。
そして、遺されたことと言えば、ただ一つ。
自分と。
そっして、ハイノ。
「……どこに行っていたんだ」
ふと顔を上げると、血相を変えたハイノが部屋から身を乗り出すような状態で、こちらを睨みつけている。
あれほどにあったローデリヒのニクしみっはなりを潜め、ただ無感情だけが彼を支配した。
「娘を、僕の娘をどこにやった」
「誰が貴方の娘ですか?」
僕と、そしてヘレネさんのものでしょう?
淡々と呟くローデリヒに、ハイノは息を吞む。
「いいでしょう。
好きにさせて下さい。
それとも貴方に行動を縛る権限があるとお思いで?
ただの簒奪者出歩く背に。みずから」
ローデリヒは薄い肩を押し、パタリと扉を閉じた。
瞬間、ハイノの顔がこわばる。
「これだけは答えろ、ローデリヒ。
あの子はどこへやった……」
「フランチェスカですか。
彼女は行くべき場所に向かいました」
「お前……」
怒り、いや呆れか。
全てを察したように鼻で笑い、うつむく。
「君に迷惑はかけるが責任は背負わせない。
そう言ったはずだ」
「あなたは何を言っている?」
足音もなく、ローデリヒは歩み寄る。
「全て、あの瞬間。
貴方に触れた瞬間、俺は関わってしまったんですよ。
貴方という悪魔に。
繋がってしまった。
交わってしまった。
これ以上の罪は、浄化しても仕切れない」
「ろ、ローデリヒ……?」
「貴方もですよハイノさん。
これ以上通を重ねてはいけません。
これ以上、悪魔となってはいけません。
生きれば生きるほど、俺たちの罪は徳石されていくんだ。
だから、もうここで終わりにしましょう」
ハイノの肩を掴んだ。
冷えたような、熱いようなそれは、反撃できないほどに弱まっていた。
魔術を使おうと出た僅かな手元の光も、攻撃にはほど遠い。
思わず、ほくそ笑んだ。
「死にましょう。一緒に」
指を鳴らす。
瞬間、部屋を木の根が這い始める。
めきめきと音を立て、全てに覆い被さるように、蹂躙し、侵入する。
瞬く間に部屋を満たした樹木の根は、ハイノへと伸びた。
「クソ……クソ!」
抵抗の魔術を試みるも、ただ蚊の沿い光を出すだけで、何の効果も得られない。
焦げ目一つ点けることは出来ない。
「あなた、出産したばかりで腹も萎んでいないでしょう。
魔術使えるんですか? まさか、その洋灯が魔術とでも?」
「い……、う、ぁあっ!?」
樹木に覆われ、動く事のないハイノの手足。
もう身動き一つ取れ荷だろう。この身体なら、容易い。
ローデリヒは微笑む。
「死んでください、ハイノさん」
「ロー……デリヒ……」
「最後まで、貴方のことは愛していませんでしたよ」
指を鳴らす。
同時に、樹木が動く。
骨の音、血の滴る音、声にならない呻き声。
それらが一瞬にしてぴしゃりと部屋の床に散らばった。
醜い赤の斑点。それを黙って見つめ、薄く唇を緩める。
「よかった。もう直ぐ終わる」
爪先を血だまりに浸し、木目をなぞるように足を滑らせる。
ふふ、ふふふ。と、虚ろになった笑い声は、不気味にこだました。
そして、指の音が一つ。
「大丈夫ですよ。
今から行きますから」
スルスルと樹木の根が、ローデリヒに巻き付く。
彼は焦る事などなく、平然と伸びる生命の象徴に実を委ねた。
そして、一本の根が首に絡まったとき、彼は一言、唇を開く。
「愛していま、」
語尾の繋がらぬまま、声は途切れた。
太い脊髄の音と滴る血液。
静かに斑点の描かれる床。余りのも静かであった。
誰も居ない森の研究室。
只二つの死体が、樹木に絡み朽ち果てるのだった。
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獣胎告知 内海郁 @umiumi0916
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