第7話
「それで、俺に声をかけたと言うわけですか」
彼はゆっくり頷く、ハイノの元への案内を願い出た。
別に捨て置いてもよかったのだが、ここはヘレネの墓前である。
たとえ亡骸となったとしても、彼女に下手な姿は見せたくなかった。
故にローデリヒは渋々研究所まで彼を送り届けることにした。
「感謝いたします」
「一応、何故研究所に、ハイノ・ヴァイスコップに用があるのか聞いてもいいですか」
顧問弁護士は、ゆっくりと首を降った。
「極秘事項ということで、たとえ身内の方であっても明かさぬようにと。まもなく、ご本人様から伝えられることでしょう」
「そうですか」
静かにそう返すと、ローデリヒとエンゲルハルトは研究所へと向かう馬車へと乗った。
教会から塒へは半刻もかからない。
短い馬車旅になるはずだったが、流れゆくその沈黙は妙に耐え難いものだった。
なんぜ、馬車への道へも乗ってからもエンゲルハルトは眉一つ動かさず、無表情を貫いている。不気味ったりゃ、ありゃしない。
そう内心呟くも、失礼にならぬようローデリヒも硬く口を閉ざすのだった。
長く短い馬車の道を追え、研究所の前まで着く。
そこでも両者は無言のままであった。
晩夏のじっとりとした暑さを抜け、ローデリヒはエンゲルハルトを連れてハイノの寝室の前へとやってくる。
そして、ノックもせずに扉の向こうへ乱暴に声をかけた。
「ハイノさん。
ハイノさん。
あなたにお客さんですよ」
壁の向こうから「ああ、」と気だるげな声が聞こえる。
「面倒だ、下がれ」という意味だ。されど今回ばかりは引き下がるわけにはいかない。
ローデリヒはエンゲルハルトに目配せをし、ドアの前に立つように指示するのだった。
「ヴァイスコップ様、私です。
ゴットホルト・エンゲルハルトです」
僅かな間の後、いつもの忌々しい声が聞こえてきた。
「ああ……今起き上がれないんだ。
鍵は空いている。勝手に入り給え」
「……、失礼しますよ」
僅かな空白の後、ローデリヒハイノの寝室へと押し入った。エンゲルハルトもその後に続く。
「どうも」
「お邪魔致します」
ハイノはやはりと言うべきか、ベッドの上にいた。
幅の広い机を持ち込み、ひと時離すまいとペンを握っている。
エンゲルハルトの顔を見るなり、ニタリと品のない笑みを浮かべた。い
つもの、辟易するそれに「またか」と溜息を吐くも、ローデリヒは僅かな違和感を感じる。
心なしか、彼が弱っている様に見えたのだ。
「ゴットホルト、よくきてくれたな」
ベッドの上に身を預けるハイノは、いつもの冷やかすかのように言う。
そんな彼にも礼儀正しくエンゲルハルトは礼し、「机をお借りします」と鞄から書類を出し始めた。
その直後、硝子の視線は助手の元へと向く。
「何だローデリヒ。
姉さん葬儀は終わったのか」
「ええ、無事埋葬されましたよ。
貴方が寝ている間にね」
棘の或る言葉が癪に障ったのか、兵のは黙り込む。
沈黙の中、エンゲルハルトが静かに書類を片す音に耐えきれずローデリヒは口を開いた。
「……どうしてヘレネさんの葬儀に来なかったんですか」
呆れながら吐露された言葉に、ハイノは嗤った。
「体調が悪かったんだ。
歩くとどうしても体が痛んでね」
「痛んだ、とは」
「一昨日、手術をした。
腹を切ったんだ」
そういう彼の顔は、やはり青い。先ほどの勘はやはり正しかったのだ。
癪な言動ばかりするハイノであるが、嘘をつくような人間ではない。
むしろ、嘘をつく人間を軽蔑する性分である。
「返事ができなかったことは謝ろう」
「随分と素直ですね」
「機嫌がいいからな、今は」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。
ヘレネと瓜二つの容姿だというのに、中身が違えばこんなにも印象が変わるものなのか。
正直、もう少し柔らかに嗤っていて欲しいというのが本音である。
もし、死んだのがヘレネではなく彼であったら。
最悪だとわかっていても、邪な空想はローデリヒを容赦なく襲った。
緩い自己嫌悪の情を味わった頃、エンゲルハルトが数枚の紙とペンを手にハイノの元へと歩み寄る。
「ヴァイスコップ様。こちら、医師団からの請求受理証明書。
念の為、サインの確認をお願いします。
それと、ヘレネ様の際の入った契約書がこちらに。
必要な時となりましたので、お返しますね」
「嗚呼、助かった。
支払いの方は」
「既に終えました」
「完璧だ。
やはり、敏腕弁護士は違うな」
期限良く書類をいじるハイノ。
耳障りな鼻歌に顔をしかめるも、ローデリヒは尋ねた。
「医師団……先ほどの手術の件ですか」
「ああ。急を要したものでな、彼に頼んで手続きを全て済ませてもらった」
「それは見れば分かります。
その」
一体何の手術を受けたのですか。
素朴な疑問を打ち明けたローデリヒ。
彼の反応に気を良くしたのだろう。
受け取った契約書をヒラヒラと煽りながら、ふんぞり返る。
「嗚呼、魔術と錬金術。
そして医術を駆使する面白い独立医師団でな。
前々から交流がある奴らで、法外な医療行為を主に行っている。
勿論のこと、腕は確かだ。
難易度の高い手術を一瞬で終わらせた。
いやぁ、鮮やかだった。見るか?」
こっちにこいと手招きをするハイノにつられ、ローデリヒは恐る恐るベッド脇へとつか付いた。
「ほうら、見ろ」
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