第6話
棺に横たわる、美しい女性。かつて、幾度となく脈拍を踊らせた彼女。
誰よりも清らかで、朗らかで、愛おしかった彼女。
研究者、ヘレネ・ヴァイスコップは死んだ。
死因は事故死。
生体用馬具を着けられた機械馬の暴走により死んだ。
不幸中の幸いと言おうか、彼女は即死であったという。
苦しまず、一瞬で逝くことができたのが、残された者たちにとって、数少ない救いであった。
事故から数日。彼女は町外れの小さな教会にて、友人、そして恩師に見送られ、その生涯という舞台の緞帳を降ろすこととなった。
彼女を見送る友人たちは涙を浮かべ、その短すぎる生涯を嘆いた。
かつて彼女を導いた導師たちは、優秀な研究者の喪失を、教え子の喪失を嘆いた。
皆が皆、ヘレネの死を悼んでいた。
寂寞と追悼の意に包み込まれた教会は、一人の葬式としては、これ以上にない恵まれた、荘厳なものであった。
「ヘレネさん……」
ローデリヒは、清らかな花に包まれるヘレネの姿を見やる。
丁寧な化粧を施された彼女は美しく、まるで彫像のようであった。
目を背けたくなるほどに、可憐であった。
「ごめんなさい、俺、」
「君のせいではない。
ペルツくん」
震える背に、シワだらけの手が添えられた。
その正体は、かつてローデリヒを導き、ヘレネと出会うきっかけを作った教授であった。
「君のせいではない。
ただ、彼女は運が悪かった。それだけだ」
「……でも、思うんです。
俺がいながら、死なせてしまった。
俺があと少し目を離さずにいたら、ヘレネさんは死なずに済んだかもしれないと」
「難しいことだが、考えるべきではない。
ただ、そういう運命だと受け入れるしかない。さあ、花を」
はい、と涙ぐんだ返事をし、ローデリヒは白百合を棺に収めた。
その後葬儀は滞りなく進み、ヘレネは白い墓石の下へ眠りについた。
大勢の人に見守られながら、永久の眠りについた。
葬儀は滞りなく進み、そして終わりを迎えた。
墓石の前、最後にひとり残ったローデリヒは、哀の花々に目を落としながら、静かに涙を流していた。
「ヘレネさん……ヘレネ、さん……」
嗚咽のこだまする神聖なる墓地。
その背後から、影が一つ迫っていた。
ヒョロ長く不気味なそれはローデリヒの元へまっすぐ進み、音もなく隣へと立ったのだった。
「失礼」
「……!」
「ローデリヒ・ペルツ様でいらっしゃいますか」
顔を上げると、痩せぎすの無表情の男がいた。
黒髪を整髪料で整え、まるで人形のように硬い表情。
何も知らない夜闇で出逢えば悲鳴をあげてしまいそうな青白い肌は、まるで蝋人形のようであった。
ローデリヒは狼狽をあらわにする。こんな不気味な知り合いなど、存在しなかったからだ。
まるで亡霊じゃないか、と失礼な心象を顔に出し、恐る恐る尋ねる。
「どなた、ですか?」
その言葉に男は驚いた様子を見せるも、すぐさま納得したように名刺を一つ取り出す。
そこには丁寧な活版印刷とサインが施されていた。
「ゴットホルト・エンゲルハルトと申します。
ヴァイスコップ研究所の顧問弁護士を仰せつかっている者でございます」
顧問弁護士?
ローデリヒは反射的に訝しげな表情を浮かべた。
少なくとも、研究所に所属してから会計士の真似事をしていたが、顧問弁護士など、今まで一度も聞いたことがない。
だが一つ、思い当たる節があった。
ハイノだ。
彼ならば相談もなく人を雇うような真似をしてもおかしくはない。
相続のために新たに導入されたのだろうか。
それとも、例の学会から離れるために雇っていたのだろうか。
あの男なら、いずれにせよあり得る話である。
「顧問弁護士が何の用ですか。
俺は、研究所の者ではありますが、ただの助手です。
話はハイノ・ヴァイスコップにお願いします。
あの、姉の葬儀にも来ない弟の方のヴァイスコップにね」
鼻で笑い、嘲った。それに対し自称顧問弁護士は「そうですか」と抑揚のない口調で頷く。
ハイノは今日、姉の最後の別れの日だというのに、頑なに寝室から出てこず葬儀を欠席した。
今日だけではない。
彼女が死んだ当日から外出したり、部屋に篭ったりと碌に顔を見ていない。
どうせ、論文なぞに精を出して要るのだろう。
唯一の肉親が亡くなったというのに、薄情極まりない男だ。
「勿論探しましたとも。
ハイノ・ヴァイスコップ氏に御用があるのですが、いらっしゃらなかったので仕方なく」
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