第5話 2人の天堂エイタ

「勝者——天堂エイタ」


 電子音とともに試合結果が表示された瞬間、店内に大きな歓声が響き渡った。


 店内の小さなモニターには、崩れ落ちる不知火シンジのアバターと、それとは対照的に堂々と立ちつくすエイタの姿が映っていた。


 ユイはほんの数秒間、息をするのを忘れていた。


 信じられない。全国チャンピオンを、まさか本当に——「エイタくん……っ!!」


 気づけば身体が勝手に動いていた。


 ユイは持っていた端末を投げ出すようにして彼のもとへ駆け寄り、勢いそのままに抱きついた。


「すごいよ! 本当に、勝っちゃったんだね! あの不知火シンジに……!」


 ユイは今まで見たことのないエイタの姿に、心が震えていた。


 だが——。


「ユ、ユイさん、息が……苦しいよ……」


 その声にハッとして、ユイは慌てて身体を離した。


 近くで見るエイタの顔が、いつものように優しくて、少し照れくさそうだった。


「あっ、ご、ごめん! つい嬉しくて!」


 エイタは小さく息を整え、苦笑した。


「だ、大丈夫だよ。まさか本当に勝てるなんて思ってなかったから……」


 その照れた笑い方、肩をすくめる仕草。間違いなく、いつもの天堂エイタだ。


 ——けれど、ユイの胸の奥には、まだ拭えない違和感が沈殿していた。


(……さっきの試合中のエイタ君、あれはいつものエイタ君じゃなかった気がする。なにか、違う誰かだった…じゃあ、一体誰なの? あれは、本当に…エイタ君だったの?)


 目を細めると、照明の反射がエイタの瞳の中で一瞬だけ金色に光ったような気がした。


 ユイは思わず息を呑み、すぐに自分の目を疑う。


「ユイさん? どうしたの?」


「あ、ううん。気のせいかも」


 そう笑ってみても、心臓は早鐘を打っていた。

 怖い。でも、それ以上に——知りたいと思ってしまう自分がいる。


(あのとき、彼の中で“何かが起こっていた”。勝利を導いたのが本当に彼自身だったのか、ちゃんとこの目で確かめたい……)


 ユイは無意識に、彼のぶら下げているペンダントに目を向けた。


 すると、その表面にどこか見覚えのない微かな紋章が刻まれているのを見た気がしたが、瞬きした瞬間にはもう消えていた。


「……あれ? いま、何か……」


 ユイがつぶやいたが、エイタは気づかずに笑っていた。


「それはそうと、ユイさんの応援があったから多分勝てたんだと思うよ。ユイさんありがとう」


 エイタが振り返り際にそう言った。


「そ、そんなの当然だよ! 本気で応援してたんだから!」


 応援——それは嘘ではない。だけど、純粋に“応援した”だけではなかった。


 あの時の彼は、この世界のどんなプレイヤーよりも強く、凛として、目が離せない存在だった。


 その姿に、怖れながらも心が惹かれてしまった自分がいる。


(本当のエイタくんはどっちなの? 優しくて臆病な彼? それとも……)


 それは言葉にするにはあまりに曖昧で、そして危ういものだった。


 ユイは深呼吸をして、無理やり笑顔を戻した。


「ねぇ、さっきの試合……リプレイ、あとで一緒に見てもいい?」


「うん? いいけど……そんなに面白かった?」


「うん……すごく、ね」


 そう答えながら、胸の奥で密かにもう一つの願いが芽生えていた。


 ——彼の中に潜む“もうひとり”の正体を、この目で確かめたい。


 その興味がほんの少し、恐怖を押しのける。


 そして今、彼女の視線の先では、彼が照れくさそうに笑っていた。


 いつもと同じ笑顔。けれど、微かにその奥で金色の紋様が揺らいでいたことに、彼女はまだ気づいていない。


 ——お店の開閉時になる電子チャイムが、店内に静かに響いた。


 二人を包む空気の中に、もう試合の熱気は残っていない。


 けれど、ユイの胸の中にはまだ静かに燃えるものがあった。


 ♦︎


 その夜。


 街の喧騒がすっかり消えた頃、ユイは自室のベッドに1人腰を下ろしていた。


 カーテンの隙間から細く覗かせる神秘的な月明かりが、テーブルに置かれた端末を幻想的に照らす。


 端末の画面には、昼間の大会のリプレイ映像。


 何度も見返したはずなのに、気がつくと彼女の指はまた再生ボタンを押していた。


「……やっぱり、気になる」


 自分でも何を確かめたいのかはもう分からない。だけど、“あの瞬間”だけは何度見ても違和感が消えなかった。


 映像が進む。


 不知火シンジの《堕天使・ガーディアン》がフィールド中央で咆哮し、観客席の歓声が重なる。そして、そこに立ちつくす彼——天堂エイタ。


 その横顔を見た瞬間、彼女の心臓は軽く締め付けられるような感じに陥った。


「確かに映っているのは紛れもなくいつものエイタ君。だけど何か違和感がする。一体なんでなの…ねえ?貴方は本当に、エイタ君なの……?」


 ユイは無意識に息を詰める。


 やがて映像は、勝負の決着シーンへと進んでいく。


「いくぜ——アルゼイドで《堕天使・ガーディアン》にアタック!」


 彼の声。


 そこまでは、確かにエイタのものだった。


 しかし——。


『ゼペリオン・スラスターッ!』


 次の瞬間、画面が一瞬だけノイズにまみれた。

 ピシィッという電子音が響き、視界が白く弾ける。


 そして流れたのは、彼のものとはまったく異なる別の声、それも低く響き、冷たく、それでいて神聖な響きを持ったまるで不思議な声。


 言うなれば、それはまるで別の存在がそこに宿ったような……。


「うそ……今の……誰の声……?」


 彼女の指先が震える。


 幾ら映像を巻き戻しても、そのほんの一瞬——ノイズの合間の声だけが、どうしても聞こえてしまう。


 何度再生してみても、確かにそのシーンだけ“別の声”が混ざっている。


 それも、ごく短い時間、決して聞き間違いではない。


 それから彼女が再生ボタンを何度か押しているうちに、ふと画面右下へと視線が引き寄せられていく。そこにはほんのわずかに見慣れない赤い文字が揺らめいていた。そこに書いてあったのは——


[System Log: オリジン干渉検知]


「……オリジン?」


 昼間、エイタが冗談めかして言っていた言葉が頭をよぎる。


(まさか……あの時のエイタくん、本当に自分でプレイしてなかった?)


 胸がざわつく。


 怖い。だけど、彼女はその文字から目が離せなかった。


 映像を一時停止すると、画面上のエイタがゆっくりとこちらを見たようにも思えた、というより明らかにユイの方に対してエイタは振り向いている。


「……っ!?」


 その瞬間、ユイは見えない太いロープのようなもので身体をギチギチに縛られた様に身体が硬直して、まるで金縛りを体験している感覚に陥った。


 笑っている。けれど、その口元だけが明らかに彼とは違う。


 ユイが映っているエイタを凝視していると、やがて意志を持つように彼がゆっくりと静かに口を開いた。


「貴方、少し踏み込み過ぎたようね?」


「だれ……っ!?」


 先程と同じ声が、確かに聞こえた。


 ユイの全身が凍りつく。


 彼女は息を呑み、すぐに再生を止めようと端末に手を伸ばした——が、指が途中で止まる。


 画面の中の彼は、もうエイタではなかった。


 金色の模様が額に輝き、瞳の奥には黒い炎のようなものが燃えていた。


 それでも、その姿から目を離せなかった。恐怖を感じながらも、どうしようもなく惹かれていく。


 まるで心の奥を覗かれているような感覚。


「エイタくん……あなた、本当は……」


 ユイの声が掠れた瞬間、映像がぶつりと途切れ、画面が完全に暗転した。


 次に現れたのは、冷たいシステムログの白い文字。


[Access denied]


[Unauthorized playback attempt detected]


「……え?」


 そして、最後の一文。


[監視者ツゥイ——記録封鎖を実行]


 月光が遮られ、部屋が一瞬だけ暗くなる。


 端末の画面には、微かに映り込んだ自分の顔と、その背後にもうひとつの影。


 ユイは息を呑み、振り返った——が、そこには誰もいなかった。


 ♦︎


「ゆ、夢……?」


 ユイはベッドの上で再び目を開けた。さっきまで彼女が持っていた端末は机上にしっかりと置いてあった。


 ——冷たい夜気の中、心臓の鼓動だけがやけに鮮明に響いていた。


 to be continued……。


 ♦︎


お疲れ様です、NEET駅前です。


では、本日も東洋講座をやっていきます!


今回は、4つある代謝産物の最後の一つ「精」について簡単にお伝えしていきますね。


「精」とはなんぞや? と、思った方いらっしゃるかと思うのですが、読んで字の如く「精神面」を司る「精」です! というのは、流石に簡単に説明し過ぎているので、もう少し踏み込んだお話をさせて下さい!


東洋学的には、「精」とは、産まれた時に神からもらうモノ(先天の精)と、赤ちゃんは母乳や離乳食、小児や成人は食事と言った食べ物によって得られるモノ(後天の精)の2種類に分類することが出来るのですが、更にそれらは私達の“身体の骨”や“歯”や“脳”や、『気』や『血』『津液』と同様に『生命』を司っていると、東洋学的に言われているんですね!


以上となります。最後までお付き合い、ありがとうございます。


今後とも、NEET駅前の作品をよろしくお願いします!


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