第19話 乙女の夢


「迷絶の呪い、ですか…………そんな恐ろしいものがあるなんて」

「びっくりでしょ~」


 軽い休憩を取るついでに、私はクラリスさんから『呪い』がどんな物なのか、どんな経緯があったのかを教えてもらった。


「その、やっぱり辛かったりしますか? 元は当たり前のように『迷宮』に入れていたのに、ある日、急に入れなくなったわけですし…………」

「そうだね~、目が覚めてからしばらくの間は現実を受け入れられなかったね~」


 そう言い、朗らかに笑うクラリスさん。


「今は大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫だよ~」

「それは……『探索者』としての人生を諦めたということでしょうか…………?」


 クラリスさんは貴族だ。別に『探索者』じゃなくても稼げる仕事はある。故にそのような選択肢を選んでもおかしくはない。



「ううん、諦めてないよ、これっぽちもね」

「ッツ…………‼」



 しかし、クラリスさんは真っすぐな眼差しで私の言葉を否定した。


「私はいつか、絶対に『迷宮』に戻るよ―――レオスと一緒にね」

「…………」


 凄いと思った。もし、私が同じような状況になった時、諦めることなく立ち向かえるだろうか。すぐに解答が思いつかない時点で私はまだまだなのだろう。


「ふふっ、私はまだまだだなって顔をしてるね~」

「えっ、そ、そんなに分かりやすい顔をしていましたか…………?」

「うん、凄い分かりやすかったよ―――レオスの事が好きなのも含めてね♪」

「ふぇっ⁉」


 突然の言葉に私は思わず、変な声を上げる。


「わ、私がレオスさんの事を、すすす、好きだなんて…………‼」

「違うの?」

「え、いや、その、違わない、ですけど…………」

「ほら、やっぱり~」

「うぅ」


 そんなに分かりやすかっただろうかと唸る私の頭を「よしよし」と言いながら、撫でるクラリスさん。


「気づいていないのはあの鈍感で筋肉で脳が出来たレオスぐらいだね~」

「…………レオスさんって、鈍感なんですか?」

「うん、滅茶苦茶鈍感。他人が他人に寄せる好意には敏感なくせに、自分に向けられる好意には鈍いんだよね~」

「そうなんですか…………うぅぅ」


 好意に鈍いとなると、これからどうアプローチをしていけばいいのだろうか。さらに唸る私を撫で続けるクラリスさん。



「私もかれこれ、二、三年は片思いをしているからね~、悩む気持ちはよく分かるよ~」

「…………え?」

「ん?」


 特大の爆弾が落とされ、私は思わず目を見開き、クラリスさんを凝視する。



「え、え、クラリスさん、も…………?」

「うん、レオスの事が好きだよ」

「えぇええええええええええええ⁉」


 クラリスさんの口から改めて言葉にされ、私は信じられないとばかりに大声を出す。


「ほ、ほ、本当に⁉ 本当にレオスさんの事が好きなんですか⁉」

「そうだよ~、信じられない?」

「いや、まぁ、信じられないってことはないんですけど……かなり、レオスさんへの接し方が雑と言いますか…………」

「あははっ、確かに好きな人にする態度ではないかもね~」


 クラリスさんはそう言いながら笑っているが、好きな人に飛び蹴りをする人なんて他にはいない、と思いたい。


「けど、私はレオスの事が好きだよ。大好き」

「ッ…………」

「私の夢はね、二つあるの。一つはもう一度、レオスや『学園』時代の仲間と一緒に『迷宮』に潜る事」

「……もう一つは?」

「お嫁さん、もちろん、レオスのね」

「…………ウッ」


 幸せそうに笑うクラリスさんを前に、私は思わず胸を押さえる。圧倒的な可愛さを前に私は戦ってもいないのに乙女として負けた気がした。


「ち、ちなみに『呪い』はどうするんですか? 簡単には治せないと思うんですけど…………」

「とある『迷宮』にどんな『呪い』でも治すことの出来る薬があるらしくてね、レオス達がいつか、その『迷宮』を攻略して手に入れてみせるって言ってくれたんだ~」

「なるほど…………」

「けど、私は大人しく待つつもりはないんだ~」

「え…………?」


 大人しく待つつもりはない? どうして? 待っていれば届くのに待つつもりはないと言ったクラリスさんに、私は困惑した目を向ける。


「その『迷宮』はね、攻略がとっても難しい所でね、レオス達でもあと五年はかかるんだ」

「そ、そんなに…………」

「私は一日でも早く『探索者』に戻って、レオス達の隣に立ちたいの。そのために薬に頼らない『呪い』の解除方法について研究しているんだ~」

「す、凄いですね、クラリスさんは…………」


 こんなにもレオスさんのことを思い、自分から動いている彼女と比べて、私はどうだ。少しは成長したかもしれないが彼女には到底及ばない。暗い気持ちが湧き出て、俯いていると頬を優しくつままれた。


「ほ~ら、可愛い顔が台無しだよ。笑顔笑顔‼」

「なにふぇるんですか。はなぁしてくだぁい」

「ふふっ、ナーラちゃんは可愛いね~」


 ムニムニと何度か揉まれた後、解放された私は少し熱を帯びた頬をさすっていると、再び頭を撫でられる。


「ナーラちゃんはレオスの事、好きなんだよね?」

「は、はい……好き、です…………」

「―――なら、これからはライバルだね‼」

「ふぇ?」


 え、私がライバル? クラリスさんの⁉ 私は当然の言葉に驚き、何を言えずに口をパクパクとさせる。


「え、ど、どうして、ですか……? 私、クラリスさんみたいに綺麗じゃありませんし、実力や意志も全然ですよ……?」

「ふふっ、その割にはナーラちゃんの目、諦めたくないって言ってるよ?」

「ッ…………‼」


 諦めたくない。確かにその通りだ。差を感じ、沈んでいたのは間違いないが私がレオスさんのことを好きなのは変わらない。


 これからライバルとなる人に指摘されるとは……さらに差が出来た気がするが、ブンブンと頭を左右に振り、私はクラリスさんを真っすぐ見つめる。



「そうですね、私達は互いに同じ人を好きになったライバルです。だから、私ももっと努力して、いつかレオスさんのハートを射止めてみます‼」

「いいね、けど、負けるつもりはないよ?」

「恋する乙女は無敵だという事を証明してみせます‼」


 思いもよらぬ所で火蓋が切られたが当然、レオスは知ることはなかった。




「ちなみにレオスの学生時代のエピソード、聞いてみたくない?」

「ッ…………き、聞きたいです‼」


 余談だが、ナーラに学生時代の思い出(黒歴史)を知られ、レオスは悶えることになったのだがそれはまた別の話。



―――――――――



黒歴史。それは誰にも触れられたくない過去の話。

ウッ、頭が…………



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