折り返し地点まで来たので、総集編

 満開の桜は沢山の人に新しい始まりを、希望に満ちた未来を想起させてくれる。

 だけど、桜が私に想起させるのは絶望に満ちた、“終わり”だけだった。

 

 ──この4月までは。


「初めまして、浅霧海翔って言います。趣味は……サッカーとか、運動が好きです! 急な転校ですが仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 転校生の彼は、私に微笑むように自己紹介をした。

 そして、クラスメイトからの拍手と歓迎の声で教室が満ちる。


「それじゃあ浅霧は……そこの空いてる席に座ってくれ」


 先生の言葉を聞いた彼は頷き、まっすぐ前へと歩き始めた。

 そして、私の“隣”の空いている席に着席をして、


「隣の席になった、浅霧海翔です。これからよろしくね」


 間違いなく私に微笑んで自己紹介をした。

 そんな彼の朱色の瞳と目が合った私は──顔を背けて無視をした。


 ❀❀❀


 転校初日で大切なことを考え真っ先に思い浮かぶのは『自己紹介を成功させること』と『隣の席の人と仲良くなること』だと思う。

 少なくとも昨日から僕はそう思っていた。だというのに。


「…………」


 この沈黙と背けた顔が示した答えは『隣の席の人への自己紹介の失敗』だった。つまり、見事なまでの大失敗で、これには元気が取り柄の僕も思わず落ち込んでしまう。

 そんな静寂が続く中、彼女の小さなため息が聞こえた。そして。


「……雨宮。雨宮清華です。申し訳ないですが、よろしくする気はないです」


 こちらを向いた雨宮清華にそう告げられた。

 初対面にも関わらず、明確に仲良くする気はないと線引きをされた。だというのに僕は、彼女の声音と名前を知れて、むしろ彼女との距離が近づいたような気さえしていた。


 この学校に来て初めての授業が始まった。初めて受ける授業は数学だった。

 数学は得意科目の1つであり、前の学校とこの学校の偏差値もさほど変わらない。

 だというのに僕は、思わぬ形で授業に躓いた。


「浅霧、この問題解けるか?」

「…………」

「おーい、浅霧大丈夫か? 来たばかりだし他の人にしようか?」

「……!! あ、すみません。えっと、その問題は──」


 彼女、雨宮清華と会話をしてから先生に問題を出されるこの瞬間まで僕は上の空だった。当然、問題の説明なんてまるで頭に入っていなかったけど、問題が簡単だったおかげで何とか正解する。

 恐らく、転校生である僕に先生が配慮して問題を出してくれたのだろう。先生に感謝をしつつ昼休みまで気を引き締めて授業を受けた。

 

「ふ〜やっと終わった〜」


 昼休みに入り、気が緩んだ僕は手を上に伸ばしてそう呟く。

 周りを見渡すと本を読み始める者やお弁当を取り出す人が見えた。ちなみに隣の席の彼女は授業が終わると同時に教室から出ていった。とにかくみんな思い思いの休憩に入ったらしい。僕はどうしようかなと考えていると、急に人が集まってきた。


「浅霧くんってどこの学校から転校してきたの?」

「いやいや、それよりどうしてこの時期に転校してきたんだ?」


 僕の席に集まってきたクラスメイトたちに質問をされる。

 この時期の転校生は物珍しいこともあり興味があるのかもしれない。


「筑城からだよ。急に親の転勤が決まっちゃってさ」


 僕がそう返すと、筑城って偏差値すげー高かったよな。親の転勤って大変だったね。などと優しい言葉が返ってくる。


「ねえ、浅霧君って彼女いるの?」


 一人の女子生徒がそんな質問をしてきた。すると、他の集まってきた女子生徒たちも気になるーと反応を示す。正直、この空気感では答えにくいなと思っていると。


「いきなりそんな質問されて、浅霧も困ってるじゃねえか。そんなことより浅霧、食堂まで案内するから一緒に飯食わないか?」

 

 思わぬ助け舟がやってきた。

 なので僕はその船に乗ることにした。


「そうだね。少しお腹も空いてきたし、お願いするよ」


 「おう」と返事が返ってきたので、ごめんねと言葉を残し、二人で教室を後にした。


「俺は潮崎雄太。改めてよろしくな」

「うん。よろしく、潮崎」


 道中で軽い自己紹介を交わしていると直ぐに食堂に着いた。

 白を基調とした清潔感のある食堂だった。人が思ったよりも少ないのを見る限りこの学校には売店もあるのかもしれない。

 並んでる人数が少ないので急いでメニューを確認する。学食なだけあってうどんやカレーなど学生に人気なメニューが500円以下で売っている。

 そして今回僕はきつねうどんを注文して先に座っている潮崎の元へと向かった。


「「いただきます」」


 声を合わせて食事を始める。まずはうどんを一口。

 ツルツルの麺がするする口に入り噛むともちっとした食感が楽しめる。

 次はお揚げを箸で何度か押してから再び一口。お揚げの甘い出汁が混ざってより一層旨みが増した。食事を楽しんでいると同じく食事中の潮崎から質問をされた。


「なあ浅霧。お前が行ってた筑城高校ってサッカー強かったよな?」

「えっと、全国でいい線までは行ってたかな」

「……まさかお前、サッカー部だった?」

「うん。一応サッカー部だったけど」


 何の気なしにそう答えると潮崎が突然、わなわなと震えだした。

 どうしたんだろうと思っていると手を掴まれ。


「浅霧! お前さえ良ければサッカー部入らないか?」


 勧誘された。どうやら潮崎はサッカー部だったらしい。

 正直、部活に入る気は無かったのだけど、入って欲しそうだし、いいか。


「いいよ。サッカーは好きだし」


 僕が入ると返事をすると潮崎は物凄く喜んでいた。

 話を聞いてみると、この高校のサッカー部は去年強かった先輩達が抜けて大会が絶望的な状況だったらしい。それからサッカーの話が弾み、会話を楽しんだ。


 もう少しで食べ終わるという状況まで来て、

 あること、いや、ある人を思い出した。雨宮清華のことである。


「ねえ潮崎。雨宮さんってどんな人?」

「雨宮って……雨宮清華か? なんだ、気になるのか?」


 素直に「うん」と頷く。

 すると潮崎は「ああ、隣の席だったもんな」と納得して答えてくれた。


「雨宮清華を一言でいうなら──“夜空の美少女”だな」

「……夜空の美少女?」


 確かに彼女の黒髪は夜空のように綺麗だと思う。

 だけど、流石に意味がわからなすぎて僕は聞き返した。


「ああ。最初に言い出したのが誰なのかはわからないんだが、誰とも関わろうとせず、芸能人すらも霞むような容姿を持つ雨宮を夜空に浮かぶ誰の手も届かない星に例えてるらしい」


「……それを考えた人はすごいロマンチストだね」


 少し笑ってそう答えると潮崎も「そうだな」と笑って返した。

 それにしても、雨宮さんは僕だけでなく誰とも関わろうとしてなかったのか。

 どうしてなのだろうと考えていると、肩に手を置かれた。


「まあ、浅霧。今言った通りだから、雨宮さんだけは諦めた方がいいぜ」


 潮崎は、僕を揶揄うようにそう言った。


 ❀❀❀


 学校の授業が全て終わった。

 帰宅の準備をする生徒や部活に向かう生徒がよく見える。

 サッカー部への入部届は明日出そうと思っているので帰宅の準備を始めると、先生の声が聞こえた。それは、僕ではなく雨宮さんへのものだった。


「雨宮。悪いんだが、浅霧に学校の案内をしてやってくれ」

「…………」


 どうして私が——そう聞こえてくるような態度だった。


「隣の席の人が学校を案内するように、って昔から決まってるんだ。頼むよ」


 そう言われては断れないのか、諦めたように雨宮さんは「わかりました」と了承した。

 初めに雨宮さんが案内してくれたのは教室近くの化学室だった。


「この学校には実験室が2つあります。この化学室と、物理室です。両方とも教室から近い位置にあるので場所は直ぐに覚えられると思います」


 化学室の前で彼女は丁寧に説明をしてくれた。

 それが意外で、僕は少し笑ってしまう。


「何か……?」


 バカにされていると思ったのか彼女が少しだけ怒ったようにそう聞いてくる。


「いや、よろしくする気はない。って言ってたのにちゃんと説明してくれるのが意外だなって」

「……頼まれたから仕方なくで、他意はないです」


 少し早口にそういうと、後ろへ振り向き彼女は歩き始めた。

 次に案内されたのは食堂。


 食堂に着くと再び丁寧な説明をしてくれ、売店も直ぐそばにあると教えてくれた。


「食堂のこんな近くにあったんだ」


 あるとは思っていたが、こんな近くにあったことに驚く。そう言えば、昼休みに彼女は直ぐに教室から出て行ってしまったが、もしかしたらここを使ったのだろうか。

 

「雨宮さんもここを使うの?」


 そう聞くと、僅かに悩んでから答えてくれた。


「たまに使いますよ。……今日は卵のサンドイッチを食べました」


 何故か雨宮さんは、そんなことまで教えてくれた。

 それ以降も丁寧且つ効率的に案内をしてくれ、最後に学校玄関へやってきた。


 教室を出る時に鞄は持ってきたのでこのまま帰るために靴を履き替える。そしてどうやら雨宮さんもこのまま帰るようだった。


 校庭に出ると、夕焼けが落ちていくのが見えた。

 結構遅くまでいたらしい。少し遅れて校庭に出た雨宮さんと並んで歩く。


「雨宮さん。今日は本当に案内してくれてありがとう」


 純粋な感謝の気持ちを伝える。


「いえ、気にしないでください。さっきも言いましたが、頼まれたからですので」


 頼まれて仕方なくしただけだから気にしないでいい。と雨宮さんはいう。

 だけど、あそこまで丁寧に説明をしてくれたのだ。感謝するに決まっていた。


「それでもだよ。今日は本当にありがとう」


 もう、校門の前まで来ていた。

 彼女にまたね。と別れを告げようとした瞬間──沢山の桜が舞った。

 そして、地面に舞い落ちる桜と共に彼女も地面に落ちようとしていた。


「ぁ、」


 小さく彼女の口から言葉が溢れた。

 そして──前に倒れる彼女を、僕は咄嗟に受け止めた。


「……雨宮さん、大丈夫?」


 上から彼女の顔を覗いてみると、桜色に染まっていた。

 そして、抱き止められたと気づいて直ぐに僕から離れた。


「だ、大丈夫です。その、ありがとうございます」


 頬を桃色に染めて、恥ずかしがる彼女に僕は見惚れて、


「よかった。──またね」


 今度こそ、別れの挨拶をした。


 ❀❀❀


 登校二日目を迎えた。

 教室に入ると、一足先に座っている雨宮さんが見えた。

 昨日のことを思い出して、若干の気まずさを覚えながら僕は席に着く。


「おはよう、雨宮さん」


 どうやら読書中の彼女にそう声を掛ける。

 すると、一瞬びくりと体を振るわせてから言葉を返してくれた。


「……おはようございます」

「うん、おはよう。何読んでるか、聞いてもいい?」

「春の──という小説です」


 有名な作品だったので、僕も一度読んだことがあった。確か恋愛系の純文学小説だったと思う。雨宮さんもこういう作品を読むのかと意外に思った。


「雨宮さんも、恋愛小説とか読むんだ」

「……ただの暇潰しです」


 どうやら直接言うのは失敗だったらしくここで会話が途切れた。


 ❀❀❀


 四限目の授業は化学だった。

 場所は昨日、雨宮さんに教えてもらっていたので問題はなかった。

 だけど、授業が始まってからが問題だった。


「……化学の教科書、買ってないや」


 化学は選択科目だったこともあり、まだ教科書を買っていなかった。

 だけど授業が始まった以上、今更先生に相談するのも恥ずかしい。


 こんな時、潮崎が隣の席だったら気軽に見せてほしいと頼めたのだが、潮崎はこの科目を選択していなかったのでいない。

 そして今僕の隣の席に座っているのはやはり雨宮さんだった。

 別に、自分から彼女の隣に座ろうとした訳ではない。本当にたまたまである。

 そんな誰に言っているかもわからない言い訳をしつつ、彼女に頼むしかないよなあ。と薄々気づいていた。他の生徒に比べてハードルは高いが頼むしかないだろう。


「雨宮さん、化学の教科書まだ買ってなくて、一緒に見せてくれない?」

「いいですよ」


 あっさりと見せてくれた。

 意外に思いつつも、彼女にお礼をして椅子を近づける。


「……すこし、近いです」

「あ、ごめん」


 このようなやり取りはありつつも化学の授業を乗り切った。


 ❀❀❀


 昼休みに入ると、やはり雨宮さんは直ぐに立ち上がった。

 恐らく、売店に行くのだろう。

 僕も用事があったので彼女を追うように売店に向かった。


 少し早めに歩いたおかげで売店に着くタイミングがほぼ同時だった。

 少し悪いと思いつつ、まだ誰も並んでいない売店で一番に買い物をする。


「卵サンドと、生ハムのサンドイッチをください」


 お金を渡してお釣りと商品を受け取る。

 そして後ろを振り向いて、彼女に尋ねた。


「どっちがいい?」

「……え? どっち、とは?」


 何故か困惑する彼女に僕は説明した。


「さっき教科書を見せてくれたお礼に、サンドイッチはどうかなって。雨宮さん、サンドイッチ好きそうだったから」


 僕がそういうと、彼女は少し考えるように黙る。

 そして──


「お礼と言うことなら、頂きます」


 彼女は生ハムのサンドイッチを受け取った。

 簡単なものだが、お礼ができてよかった、


 それにしても昨日、雨宮さん教室はもちろん食堂にもいなかったけど、何処でお昼を食べてるのだろう。気になった僕は思い切って聞いてみた。


「雨宮さんってどこでお昼を食べるの?」

「屋上です。誰もいなくて、静かですから」


 屋上か。この季節なら確かにそこまで寒くもないし、結構いいのかもしれない。

 誰もいなくて静か、という状況からは離れてしまうかもしれないが、


「僕も、屋上で食べてもいいかな?」

「……好きにしてください。個人の自由ですから」


 許可を貰えたのかは微妙なところだが、

 確かにどこで食べるかは自由なので屋上で食べることにした。


 屋上のドアに鍵は掛かっていなかった。

 どうやらこの学校では学生の屋上の出入りが自由らしい。


 アルミ製のドアを開けると一気に風が中へ吹き抜けた。

 風で狭めた目を開けて見えたのはゆったりと動く雲が綺麗な開放感のある屋上だった。


「……すごく、いい天気だな」


 本当に、心を落ち着かせてくれるようないい天気だった。

 そしてここで食べるお昼が気持ちのいいものなのは想像に難くない。

 正直、雨宮さん以外に使ってる人がいないのが、不思議なくらいだった。


 雨宮さんから1、2メートル程離れた場所に僕は座った。

 そして、先ほど道中の自販機で買ったミルクティーを一口。


「いただきます」


 卵サンドを開封した。

 持ってみると、それだけでパンがふわふわだとわかる。

 期待を込めて一口齧ると、甘めの味付けの卵が口いっぱいに広がった。


「うん。美味しい」


 僕がサンドイッチに舌鼓を打っていると、

 隣から小さく「いただきます」と聞こえてきた。

 どうやら雨宮さんも昼食に入ったらしい。

 少し時間を置いて、僕は雨宮さんに声をかけた。


「たまごサンド、美味しいよ」

「……それは、よかったです」


 心地のいい風が流れる。

 この空間のおかげか一切の気まずさを感じずに食事を楽しんだ。


 ❀❀❀


 放課後、僕はサッカー部の入部届を持って職員室に訪れていた。


「2年A組の浅霧海翔です。サッカー部への入部届をだしに来ました」

「ああ、サッカー部の顧問は2年A担任の榊原先生だから、サッカー部で指導中の榊原先生に出せばそのまま参加できると思うよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 お礼をしてサッカー部が練習している校庭に向かった。


「潮崎! 気合い入れて守れ!」

「うっす!!」


 どうやらPK練習をしているらしい。

 というか、潮崎はゴールキーパーだったのか。


「先生。入部届を出しに来ました」

「おお、浅霧か。潮崎から話は聞いてたぞ。よければ少し練習参加するか?」


 僕がスパイクを履いているのに気づいたのか、

 そう提案をしてくれる。服は制服のままだが少しならいいだろう。


「ぜひ、お願いします」


 軽く体をほぐしながら、練習中の選手たちを分析する。

 まず、潮崎はキーパーとして強い。何せ僕が来てから誰もシュートを入れられてないし。

 そして他の選手だが、全員上手くはあるものの、シュートだけはキレがない印象だった。


 分析をしてると直ぐに僕の番が回ってきた。


「浅霧〜! 本気出せよ〜!」


 潮崎からそう言われる。

 そんなことを言われるまでもなく本気で蹴るつもりだった。


「──ふぅ」


 軽く息を吐いて集中する。

 そして潮崎の目を見て、行くよと視線を送り。


「──っ」


 久しぶりにボールを蹴った。

 僕の足から放たれたボールはカーブを描き、潮崎の顔、ではなくその真横を通りゴールに突き刺さった。そして、後ろで見ていた選手たちから驚きの声が聞こえた。


 ❀❀❀


 早いもので、僕が転校してから二週間が経った。

 この二週間で、随分とクラスや部活に馴染めたと思う。

 そして──雨宮さんとの距離も。


「その漫画、面白いよね。絵や心理描写が綺麗で、次々読みたくなる感じでさ」

「……この漫画、読んでるんですか?」

「うん、単行本は最新話が出たら必ず買ってる」

「少し意外です、」


 好きな漫画の話を昼休みにしてくれる程度には仲良くなれた。と思う。

 僕がこの漫画を読んでるのが意外だと言ったのは、恋愛がテーマだからなのか、それとも部活しかしていないと思われているのかどっちなのだろう。


「雨宮さんって休みの日は何してる?」


 少しだけ踏み込んだ質問をしてみた。


「……勉強をしているか、本を読んでいますね」


 女子高生の休日にしては随分と味気ない回答だった。

 

「今週の休日もその予定だったり?」


 僕がそう聞くと、

 当然だと言わんばかりに「そうですよ」と答える。


「それなら土曜日、水族館に行かない?」

「!? いえ、私は忙し──」

「くはないんでしょ? チケット貰ったんだけど、潮崎と行くのはごめんだから、お願い」


 僕がそう頼むと勘弁したように「わかりました」と頷いた。


 ❀❀❀


「流石に少し強引だったかな……」


 僕は雨宮さんと待ち合わせをした池袋駅前でそう呟いた。

 チケットを貰ったのも本当だし潮崎と行くのが勘弁なのも本当だったが流石に頼み方が強引だったので、もしかしたら来てはくれないかもしれない。

 そうやって心配をしていると、後ろから背中をトントンと叩かれる。後ろを振り向き見えたのは、水色を基調としているが袖を含めた上の部分は純白のワンピース、そして同じく白いベレー帽を被った、私服姿の雨宮さんだった。


「〜〜〜っ」


 かわいい。思わずそう口から漏れてしまいそうな破壊力だった。

 そこをなんとか堪えて僕は冷静を装い。


「──よく似合ってるね」

「……ありがとう、ございます?」


 少し不思議そうに首を傾げて雨宮さんはお礼を言う。

 これ以上は場が保ちそうにないと判断した僕は水族館へと向かった。


 ❀❀❀


 水族館には予約時間丁度の11時に入ることができた。

 最初に僕たちを迎えてくれたのは珊瑚礁の海だった。


 上の名札にはデバスズメダイ、アカネハナゴイというように水槽にいる魚の種類が書いてあった。正直、魚に詳しいわけではないが純粋に綺麗なものを見るのはやはり楽しい。


 そして直ぐそばにあった、イワシの水槽は大量のイワシが左向きに周回して泳いでおり、まさに圧巻といった感じで素直に凄かった。


 少し眺めてから歩き始めると、直ぐにメインの水槽。

 サンシャインラグーンに着いた。この水槽はまさに水族館という感じで、様々な種類の魚が泳いでおり、長時間見ていても飽きないと思える綺麗さだった。

 そして──それを眺める雨宮さんは永遠に見ていたくなるほどに綺麗だった。


 思わず彼女に見惚れていると、こちらを見た雨宮さんと目があった。

 どんな水槽、いや、どんな海だって敵わない綺麗な青い瞳に吸い込まれる。


 数秒、無言で見つめあった。

 そして耐えきれなくなった僕は──


「飲み物、買ってくるよ」


 そう言ってこの場を離れた。

 少し離れた場所の、この水族館の中にあるカフェに向かった。

 注文したのはスプラッシュブルーオアシスという青い炭酸ドリンクとアクアリウムココアというカワウソかペンギンのラテアートが描いてあるココアだ。

 ちなみに今回のは、立ったペンギンのラテアートだった。


 ドリンクを手に持ち先ほどのサンシャインラグーンに戻る。

 まだ彼女は、先ほどと変わらぬ位置で水槽を眺めていた。


 だけど、横から見るのと後ろから見るので僕の見たものはまるで違った。

 暗い部屋で淡く輝く水槽の前に立つ彼女の後ろ姿は、本当に綺麗だった。

 どんな絵も勝てないと思えるほどに。


 そこで僕は、買ってきたドリンクを一度おいて、彼女に秘密で写真を撮る。

 これは僕だけの秘密にしよう。絶対に怒られるからね。


「雨宮さん。買ってきたよ」


 どっちがいい? と二週間前のサンドイッチを渡した時のように聞いた。

 彼女はきっと前とは違う意味で考え始めた。


「……では、こっちのペンギンさんのココアをもらってもいいですか?」

「うん。いいよ」


 数秒悩んでからココアを受け取った彼女は直ぐに飲むかと思いきや、再び僕に声をかけてきた。


「あの、すみません。やっぱり、そちらのジュースにしても大丈夫ですか?」

「えっと、うん。大丈夫だよ」


 まだ口をつけてはいないので大丈夫だと取り替える。

 それにしても、どうして変えたのだろう。疑問が口に出た。


「どうして、ジュースを変えたの?」

「だって、ペンギンさんを飲んだら可哀想じゃないですか……」


 あまりに可愛らしい理由だった。

 思わず僕の口からぶふっと笑いが出る。


「あはは、ペンギン好きなんだ。それじゃあ次はペンギン、見に行こうか」


 ❀❀❀


 先ほど言った通り、ペンギンを見にきた。

 正直、予想以上に凄まじい光景が広がっていた。

 何せ、前を見てペンギンが映るのはもちろんのこと、上を見てもペンギンが視界に必ず入るのだ。しかも真上を泳ぐペンギンは、スーパーヒーローのように飛んでいかのように泳いでいた。そしてこれを見た雨宮さんは──。


「──かわいい〜、!」


 君、そんなキャラだっけと言いたくなるような、

 キャラ崩壊を起こしていた。

 もう、夜空の美少女とか呼ばれてるのが信じられなくなりそうである。


「とはいえ、実際ペンギンってかわいいな……」


 同じ空間にいたら生臭い匂いがしそうなものだが、水槽越しに見る分にはただただ可愛い存在だった。僕も集中してペンギンを見ていると雨宮さんが声を出した。


「あ、! 浅霧くん、あそこ見て!!」


 ナチュラルに初めて名前を呼ばれた。

 そして雨宮さんがあそこと指差す場所にはペンギンの赤ちゃんがいた。


「おぉ……」


 まるで人形のように。という表現が最も似合うであろう生物がそこにはいた。

 まんまるふわふわの体でヨチヨチ、いや、恐らくペチペチと歩いていた。


「かわいい……」


 二人とも、無言で水槽を眺める。

 数秒、いや、数十秒かそうした後、僕は先ほど聞いたアナウンスを思い出していた。


「雨宮さん。この後やる、ペンギンのショー見に行く?」

「──うんっ」


 いつもよりも数倍以上高いトーンで頷いた。


 ❀❀❀


 ペンギンのショーは今から20分後に始まるらしい。

 それまでどうしようかと聞くと、まだ見ていない水槽を見ようと提案された。


 当然、僕はそれに同意して、

 鮫が見えるエリアに行くため歩き始めた。


 道中、鮫よりも凄い光景が僕たち二人の視界を埋め尽くした。

 それは、この暗い水族館で、水槽よりも輝くたくさんのクラゲだった。


「…………」


 僕は言葉を失っていた。

 ただでさえ、クラゲだけでも現実感が薄れいていくほどに綺麗なのに。

 彼女とクラゲが合わさった景色は、あまりに“幻想的”だったから。


「……クラゲ、綺麗だね」


 囁くような声音で呟く彼女に、

 僕は心の中で、君の方が綺麗だよ。と囁いた。


 ❀❀❀


 ペンギンのショーが始まった。

 飼育員さんとペンギン達の抜群のコンビネーションで次々に芸が披露される。


 雨宮さんはその光景を食い入るように見ていた。

 そしてついさっきペンギンの可愛さに気づいた僕も夢中でショーを楽しんだ。


「いや〜、ペンギンすごかったね」

「はい、圧巻の動きでした……」


 二人でショーの余韻を楽しみつつ、最後は軽くまだ見ていない水槽を見て回った。

 そして、最後に出口付近の水槽を、見ている途中僕は手を洗ってくるとその場を離れた。


 水族館を出たのは1時すぎだった。

 入ったのが11時なので、僕らは2時間以上も見ていたらしい。


「雨宮さん。これ、水族館に付き合ってくれたお礼」


 そう言って水族館に入る前は持っていなかった紙袋を手渡す。

 中身を見てもいいですか? と雨宮さんが聞いてきたのでもちろんと了承する。


 紙袋から出てきたのは、赤ちゃんペンギンのぬいぐるみだった。

 それを見た雨宮さんはぬいぐるみを抱きしめ、


「……ありがとうございます、、、」


 上目遣いでお礼をしてきた。

 これは、買って正解だったなと自分を称賛する。


「いい時間だし、ここでお昼も食べて行かない?」


 正直、結構お腹が空いていた僕はそう提案をする。

 流石に食事までするのは話が違うと断るかと思ったが、


「いいですよ。私、あそこのお店で食べたいです」


 むしろ積極的にそう言ってくれた。

 彼女が選んだお店はパスタやケーキが売りのカフェだった。


 お店に入るとお客さんの殆どが女性だったので、ここは一人では入れなかったかもしれないな。なんて思いつつ席に着く。


 メニューを見ると、やはり沢山のパスタ料理が乗っていた。

 お腹が空いていることもあり少し多めに食べること決めて店員さんを呼ぶ。


「僕は海の幸のトマトパスタの大盛りとモンブランを」

「私は、カルボナーラとショートケーキをお願いします」


 注文を完了した。

 何気に彼女が学校の人以外と話すの初めて見たが普通に話していたな。


「「いただきます」」


 先にパスタがきたので手を合わせて食べ始まる。

 うん、海鮮の出汁が効いていて美味しいな。……今更だが、水族館を見た後に海鮮パスタを頼むのって中々のサイコパスに見えるんじゃないか……?

 そう心配したのも杞憂で彼女は美味しそう且つ器用にカルボナーラを食べていた。


「でも、雨宮さんがあんなにペンギン好きだったのには驚いたよ」

「……かわいいじゃないですか。ペンギン、」

「確かに。と言っても、ペンギンの可愛さに気づいたのは今日なんだけど」


 そう答えると、


「それなら、浅霧くんがペンギンの可愛さに気づいてくれてよかったです」


 そう可愛らしく答えてくれた。

 でも、改めてペンギンパワー凄まじいな。

 あの、初対面でよろしくしない。なんて言ってた雨宮さんがこうなるんだから。


 それ以降も水族館の話題を中心に雑談しながら食事をした。

 後、ここのモンブランはすごく美味しかった。


「「ご馳走様でした」」


 食べ終わったので会計をするために立ち上がると雨宮さんも着いてきた。そして僕が支払おうとすると、「今日は色んなものをもらいましたから、私に出させてください」とご馳走してくれた。


 そして──。


「今日は楽しかったよ。ありがとう」

「いえ、私の方こそ楽しかったです。連れて来てくれて、ありがとうございました」


 水族館デート? は終了した。


 ❀❀❀


「おはよう、雨宮さん」

「浅霧くん、おはようございます」


 月曜日の学校に登校すると雨宮さんは、

 水族館デートをした時と同じように名前を呼んでくれた。


 名前を呼ばれたことであの水族館デートが自分の妄想ではないことを実感して、胸が熱くなるのを感じる。それにしても本当に、多少無理矢理でも彼女を誘ってよかった。


 一時限目が終わり、5分休みに入った。

 その短い休みの中、僕は彼女に声をかけた。


「雨宮さん、今日は何を読んでるの?」

「コールド──という作品です。これは続編なんですが、」


 水族館に行く前と違い、自分から本の魅力を語ってくれた。

 僕はその小説を読んだことはなかったが、凄く読みたくなるような説明をしてくれた。


  ❀❀❀

 

「ごめん雨宮さん、また──」

「教科書、ここに置いてみせますね」


 化学の教科書の届く日が明日だったので、今日だけまたみせて欲しいと頼もうとしたら、それを察した雨宮さんがすっと教科書を見せてくれた。

 こんなことで、彼女との距離が近くなったのを実感するのはどうなのかなと思いつつも、やはり彼女との距離が近づいた気がしてならなかった……。


 昼休みに入ってすぐ、僕は購買で焼きそばパンを買った。

 そしてこの一ヶ月昼休みに何回も行っている屋上へ向かった。


「「いただきます、」」


 当然のように二人の声が重なった。

 先週まで、2メートル近く離れて座っていた、

 僕たちの距離は50cm程になるほど、物理的にも近づいていた。


 そんな彼女と前よリも親しく凄く生活を、

 数日ほど過ごしていると、早くも6月に入った。


 ❀❀❀


「浅霧、随分雨宮さんと仲良くなったよな」


 潮崎と食堂でご飯を食べていると、

 突然そんなことを言われた。


「うん。少し前、遊びに出かけたんだけど、それからは仲良いかも」

「まじか。へぇあの雨宮さんがねぇ……。やるなぁ浅霧」

「いや、そんなんじゃないって」

「こらこら、誤魔化そうとするな。というか今度の練習試合見にきてもらったらどうだ?」


 そう潮崎に言われてから、その言葉が頭を離れなかった。

 このままでは授業にも集中できないし、思い切って誘ってみよう。

 そう決めた僕は、早速昼休みが終わる直前に。


「雨宮さん、今度やる練習試合、良ければ見に来てくれないかな」


 雨宮さんを誘った。

 いくらこの学校でやるとはいえ、見てくれるのだろうか。


「……うん、見にいく。だから、凄いシュートを見せてね」


 思っていたよりも楽しそうに雨宮さんはそういった。

 それを聞いていたクラスメイト達が驚きの表情で僕たちを見た。

 恐らく、雨宮さんがこんなに話すのを初めて見たからだろう。そして僕はその意味を深く考えなかったことを後に後悔した。


 ❀❀❀


 練習試合、当日がやってきた。

 試合をするのは放課後の校庭である。


 そして僕らと相手チームの選手達は、同じ部室でサッカーウェアに着替え、試合を始めるためにグラウンドへ向かった。


「礼。それでは、練習試合を始めます」


 試合が始まった。

 僕のポジションはフォワードであり、その仕事はゴールを奪うことにある。

 だから、ボールをパスされた僕は、早速センターバックをドリブルで抜き、ゴールキーパーとの1v1の状況を作ってゴールを決めた。


 「おおおおおおおおおおおおおおおお、」という仲間達からの歓声が聞こえてくる。相手選手達は意味がわからないというように佇んでいた。

 そして僕は観戦に集まった人たちの方を見た。

 だけど、そこに雨宮さんはいなかった。


「ぇ」


 思わず、困惑の声が口から漏れた。

 やはり何度見ても、どこにも雨宮さんがいなかった。

 試合のこと忘れてしまった……? 用事ができた……? そうやって次々に可能性が出てくるも今日授業が終わった直後にも「見にいくね」と彼女が言っていた事実が否定する。


 となると、雨宮にとっても予想外のアクシデントが起きた……?

 その可能性が思いついた瞬間、僕は走り出していた。

 フィールドを出るように、全力で校舎に向かって。


 ❀❀❀


 今から私は、浅霧海翔くんの試合を見に行く。

 サッカーのことは、正直よくわからないけれど、海翔くんの活躍が見たくなったので、誘われた時は二つ返事で了承した。

 海翔くんは関わる気がない。と初対面の時から拒絶する私を嫌わず、何度も声をかけてくれた。そしていつの間にか、彼のペースに乗せられて私は、彼とだけは普通に話すようになっていた。そして、水族館に行った時、水槽を眺める彼に私は見惚れてしまった。

 彼と目が合った時、心臓が高鳴った感覚を覚えている。


 そうやって彼のことを思って歩くだけで胸が暖かくなった。

 後はこの廊下を渡って校庭に出るだけ、そんな時だった。


「よお、雨宮さん……」


 急に目の前に、クラスメイトの男の子が現れた。

 目の前の彼の目は暗く、何も写していない、そんな気がした。


 いつものように私は無視をして彼の横を通り抜けようとした。

 だけど、左手をいきなり掴まれた。


「──っ」


 強く左手を掴まれた痛みで、声にもならない声が口から溢れた。


「離してくださいっ」


 私は掴んできている手を振り払うように左手に力を入れた、

 だけど、振り解けないどころか、一層力を込められた。


「雨宮さんが悪いんだよ……? 僕を無視なんてするから……」


 暗い瞳で私を見つめながら彼はそういうと、手を掴んだまま、私を壁に強く押し当てた。背中が壁に当たったことで息が苦しくなる。

 怖い、怖い、怖い。そんな私の気持ちなど知らないかのように私の手を上に持ち上げ、私を動けなくしてからこの人は言った。


「今まで、僕だけじゃない。みんなを無視してたから、誰の手も届かないとわかっていたから我慢できたんだ……。だというのに、浅霧とだけ仲良くしやがって……!」


 空いている右手を、私の首に当てた。

 そして、押すように力を強めていく。


「手に入らないくらいなら、死ね、死んでくれ……!!!!」


 本当に私はここで死ぬ。

 あまりの息苦しさに死を覚悟した……。


「てめえ、雨宮に何やってんだよ……!!」


 いつもよりも激しい、だけど、この一ヶ月で何度も聞いたその声が聞こえた瞬間、私の首が離され息を吸えるようになった……はぁ、はぁ、はぁ、と息を整えながら見えたのは──浅霧海翔くんだった。


 ❀❀❀


 校舎に入って最初に角を曲がると、クラスで何度か見たことのある小太り気味の男子生徒が雨宮の首を絞めているのが見えた。

 嫌な予感はした。何かあったのかと予想はしていた。だけど、この光景を見たと同時に、全身の神経が精神が、怒りを抑えきれなかった。


「てめえ、雨宮に何やってんだよ……!!」


 そう叫ぶと同時に全速力で近づき、初めて握る拳を使い全力で、この男子生徒の顔面をぶん殴った。男子生徒は鼻が潰れた痛みに耐えきれず、雨宮を掴んでいた手を離す。


「雨宮──!! 雨宮──!! 大丈夫か?」


 倒れるように座る彼女に目線を合わせてそう呼びかける。

 まだ、息を整えきれずにいるというのに彼女は。


「ぅん、大丈夫、だよ、」


 僕を心配させないように、そう言葉にしてくれた。

 それを聞いて僕が安心したのも束の間、再び男子生徒が雨宮に手を伸ばした。


「いぃ加減にしろよ……?」


 自分でも驚くほど低い声が出た。

 そしてその伸ばした手は左手でしっかりと握っているので。


「いてててテェいてぇえええ──!!!!!!」


 力を更に入れて握り、上に持ち上げてやるとそう叫び出した。

 こんなやつの腕は潰す価値もないので僕は手を離し、


「二度と──二度と、僕と雨宮の前に顔出すなよ」


 そう言葉を投げかけた。

 腕を握られた時に力の差を理解したのか、男子生徒は情けなく逃げ出した。


「もう大丈夫だよ」


 彼女を安心させるためにそういうと、

 雨宮清華は──力をなくしたように倒れた。



 雨宮が、雨宮清華が救急車で運ばれた。

 彼女が倒れた時に出した、僕の叫び声を聞いた先生が読んだのだ。


 僕も当然、一緒に救急車に乗ろうとした。

 だけどそれは認められず、僕は学校に残ることになった。


 学校に残った僕は、先生から状況の説明をさせられた。

 正直、雨宮が心配でそんなことを説明する余裕なんて無かったが、何とか事情を先生達に伝えることができた。これから警察が来て、あの男子生徒は留置所に入れられるらしい。

 ふざけんな。そう思った。あいつは、雨宮を殺そうとしたのだ、それどころか、雨宮は、助からないかもしれないのだ。だというのに留置所行きなんて、ふざけていた。


 その日は一度帰り、眠れない夜を過ごした。


  ❀❀❀


 次の日の放課後、担任の先生に言われた。


「雨宮が、お前に会いたいらしい。見舞いに行ってやれ」


 電話で雨宮にこの言葉と、病院の住所を教えられたという、先生からその住所を聞いてすぐに僕は駆け出した。

 雨宮が入院した病院は学校から少し距離があった。

 電車とタクシーも駆使することで面会時間に余裕を持って病院に着くことが出来た。


「306番、306番……」


 雨宮の病室を早足で探し、そして着いた。

 どうやら個室らしい。僕はノックをしてその扉を開ける。見えたのは、


「雨宮……」


 雨宮清華だった。僕は、我慢できず、走った。

 そして、こちらを見つめる雨宮さんを雨宮清華を抱きしめた。


「ごめん……僕がサッカーを見てほしいなんて誘ったせいで、僕が、雨宮さんと仲良くなんかしたせいで……」


 溜め込んだ感情が抑えきれず、涙として、溢れ出した。

 そんな僕を雨宮は優しく抱きしめ、頭に手を乗せて。


「そんなこと言わないで……私はキミの試合を見たかったし、キミと仲良くできてからの日々がすごく楽しいよ、」


 雨宮清華も涙を流して、優しくそういった。


  ❀❀❀


「浅霧くん。キミに言わないといけないことがあるんだ、」


 互いの涙が収まると、雨宮はそう告げた。


「……聞くよ。──どんなことでも」

「──ありがとう」


 そう微笑むと、彼女は語り始めた。


「私ね、生まれた時から少し、身体が弱かったんだ。それでも何事もなく生きていけると思ってた。だけど12歳の時だったかな。急に倒れちゃって、検査を受けてみたら虚血性心疾患っていう聞いたこともないような心臓の病気になっちゃって……」


 僕は彼女の言葉に全力で耳を傾け、

 ちゃんと聞いているよと頷いた。


「心臓の病気になっても、頑張ったんだよ……? リハビリとか、検査とか、痛いのや辛いのをいっぱい我慢して、頑張った……。だけど今年の4月。病院の先生から言われたんだ、貴方は生きられても後、半年ほどでしょう。って」


 彼女の言葉を聞くと、僕まで胸が苦しくなった。

 だけど、最後まで聞く意思を再び示す。


「それでもう、何もやる意味ないじゃんって、頑張る意味ないじゃんって思って。だから高校では誰とも関わる気なんてなかったんだ。だけど、キミと出会って、キミに出会えて、私のその弱気な考えが世界が変わった……」


 泣きそうな、だけれど強い意思を持って彼女は言った。


「キミと生きたい。キミとずっと生きて、水族館だけじゃなくて、もっといろんな、もっといろんな景色を見て、もっといろんな場所に行って、一生キミと明日も明後日も、来年も、過ごしたいっ……。だけど、それは叶わないから、私が死ぬ、その一瞬まで一緒にいてくださいっ……」


 彼女の言葉を聞いてると、涙が止まらなかった。

 そしてこの涙が出るくらい自然に、当たり前に答えは決まっていた。


「僕の方こそ、一緒にいたい。キミと最後の一瞬まで一緒に笑って過ごしたい。だからお願いします。僕と──付き合ってください」

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The Last Memory〜余命わずかのキミへ〜 西郷 @saigou315

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