4話『試合を見に来てくれないかな』
「おはよう、雨宮さん」
「浅霧くん、おはようございます」
月曜日の学校に登校すると雨宮さんは、
水族館デートをした時と同じように名前を呼んでくれた。
名前を呼ばれたことであの水族館デートが自分の妄想ではないことを実感して、胸が熱くなるのを感じる。それにしても本当に、多少無理矢理でも彼女を誘ってよかった。
一時限目が終わり、5分休みに入った。
その短い休みの中、僕は彼女に声をかけた。
「雨宮さん、今日は何を読んでるの?」
「コールド──という作品です。これは続編なんですが、」
水族館に行く前と違い、自分から本の魅力を語ってくれた。
僕はその小説を読んだことはなかったが、凄く読みたくなるような説明をしてくれた。
❀❀❀
「ごめん雨宮さん、また──」
「教科書、ここに置いてみせますね」
化学の教科書の届く日が明日だったので、今日だけまたみせて欲しいと頼もうとしたら、それを察した雨宮さんがすっと教科書を見せてくれた。
こんなことで、彼女との距離が近くなったのを実感するのはどうなのかなと思いつつも、やはり彼女との距離が近づいた気がしてならなかった……。
昼休みに入ってすぐ、僕は購買で焼きそばパンを買った。
そしてこの一ヶ月昼休みに何回も行っている屋上へ向かった。
「「いただきます、」」
当然のように二人の声が重なった。
先週まで、2メートル近く離れて座っていた、
僕たちの距離は50cm程になるほど、物理的にも近づいていた。
そんな彼女と前よリも親しく凄く生活を、
数日ほど過ごしていると、早くも6月に入った。
❀❀❀
「浅霧、随分雨宮さんと仲良くなったよな」
潮崎と食堂でご飯を食べていると、
突然そんなことを言われた。
「うん。少し前、遊びに出かけたんだけど、それからは仲良いかも」
「まじか。へぇあの雨宮さんがねぇ……。やるなぁ浅霧」
「いや、そんなんじゃないって」
「こらこら、誤魔化そうとするな。というか今度の練習試合見にきてもらったらどうだ?」
そう潮崎に言われてから、その言葉が頭を離れなかった。
このままでは授業にも集中できないし、思い切って誘ってみよう。
そう決めた僕は、早速昼休みが終わる直前に。
「雨宮さん、今度やる練習試合、良ければ見に来てくれないかな」
雨宮さんを誘った。
いくらこの学校でやるとはいえ、見てくれるのだろうか。
「……うん、見にいく。だから、凄いシュートを見せてね」
思っていたよりも楽しそうに雨宮さんはそういった。
それを聞いていたクラスメイト達が驚きの表情で僕たちを見た。
恐らく、雨宮さんがこんなに話すのを初めて見たからだろう。そして僕はその意味を深く考えなかったことを後に後悔した。
❀❀❀
練習試合、当日がやってきた。
試合をするのは放課後の校庭である。
そして僕らと相手チームの選手達は、同じ部室でサッカーウェアに着替え、試合を始めるためにグラウンドへ向かった。
「礼。それでは、練習試合を始めます」
試合が始まった。
僕のポジションはフォワードであり、その仕事はゴールを奪うことにある。
だから、ボールをパスされた僕は、早速センターバックをドリブルで抜き、ゴールキーパーとの1v1の状況を作ってゴールを決めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおお、」という仲間達からの歓声が聞こえてくる。相手選手達は意味がわからないというように佇んでいた。
そして僕は観戦に集まった人たちの方を見た。
だけど、そこに雨宮さんはいなかった。
「ぇ」
思わず、困惑の声が口から漏れた。
やはり何度見ても、どこにも雨宮さんがいなかった。
試合のこと忘れてしまった……? 用事ができた……? そうやって次々に可能性が出てくるも今日授業が終わった直後にも「見にいくね」と彼女が言っていた事実が否定する。
となると、雨宮にとっても予想外のアクシデントが起きた……?
その可能性が思いついた瞬間、僕は走り出していた。
フィールドを出るように、全力で校舎に向かって。
❀❀❀
今から私は、浅霧海翔くんの試合を見に行く。
サッカーのことは、正直よくわからないけれど、海翔くんの活躍が見たくなったので、誘われた時は二つ返事で了承した。
海翔くんは関わる気がない。と初対面の時から拒絶する私を嫌わず、何度も声をかけてくれた。そしていつの間にか、彼のペースに乗せられて私は、彼とだけは普通に話すようになっていた。そして、水族館に行った時、水槽を眺める彼に私は見惚れてしまった。
彼と目が合った時、心臓が高鳴った感覚を覚えている。
そうやって彼のことを思って歩くだけで胸が暖かくなった。
後はこの廊下を渡って校庭に出るだけ、そんな時だった。
「よお、雨宮さん……」
急に目の前に、クラスメイトの男の子が現れた。
目の前の彼の目は暗く、何も写していない、そんな気がした。
いつものように私は無視をして彼の横を通り抜けようとした。
だけど、左手をいきなり掴まれた。
「──っ」
強く左手を掴まれた痛みで、声にもならない声が口から溢れた。
「離してくださいっ」
私は掴んできている手を振り払うように左手に力を入れた、
だけど、振り解けないどころか、一層力を込められた。
「雨宮さんが悪いんだよ……? 僕を無視なんてするから……」
暗い瞳で私を見つめながら彼はそういうと、手を掴んだまま、私を壁に強く押し当てた。背中が壁に当たったことで息が苦しくなる。
怖い、怖い、怖い。そんな私の気持ちなど知らないかのように私の手を上に持ち上げ、私を動けなくしてからこの人は言った。
「今まで、僕だけじゃない。みんなを無視してたから、誰の手も届かないとわかっていたから我慢できたんだ……。だというのに、浅霧とだけ仲良くしやがって……!」
空いている右手を、私の首に当てた。
そして、押すように力を強めていく。
「手に入らないくらいなら、死ね、死んでくれ……!!!!」
本当に私はここで死ぬ。
あまりの息苦しさに死を覚悟した……。
「てめえ、雨宮に何やってんだよ……!!」
いつもよりも激しい、だけど、この一ヶ月で何度も聞いたその声が聞こえた瞬間、私の首が離され息を吸えるようになった……はぁ、はぁ、はぁ、と息を整えながら見えたのは──浅霧海翔くんだった。
❀❀❀
校舎に入って最初に角を曲がると、クラスで何度か見たことのある小太り気味の男子生徒が雨宮の首を絞めているのが見えた。
嫌な予感はした。何かあったのかと予想はしていた。だけど、この光景を見たと同時に、全身の神経が精神が、怒りを抑えきれなかった。
「てめえ、雨宮に何やってんだよ……!!」
そう叫ぶと同時に全速力で近づき、初めて握る拳を使い全力で、この男子生徒の顔面をぶん殴った。男子生徒は鼻が潰れた痛みに耐えきれず、雨宮を掴んでいた手を離す。
「雨宮──!! 雨宮──!! 大丈夫か?」
倒れるように座る彼女に目線を合わせてそう呼びかける。
まだ、息を整えきれずにいるというのに彼女は。
「ぅん、大丈夫、だよ、」
僕を心配させないように、そう言葉にしてくれた。
それを聞いて僕が安心したのも束の間、再び男子生徒が雨宮に手を伸ばした。
「いぃ加減にしろよ……?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
そしてその伸ばした手は左手でしっかりと握っているので。
「いてててテェいてぇえええ──!!!!!!」
力を更に入れて握り、上に持ち上げてやるとそう叫び出した。
こんなやつの腕は潰す価値もないので僕は手を離し、
「二度と──二度と、僕と雨宮の前に顔出すなよ」
そう言葉を投げかけた。
腕を握られた時に力の差を理解したのか、男子生徒は情けなく逃げ出した。
「もう大丈夫だよ」
彼女を安心させるためにそういうと、
雨宮清華は──力をなくしたように倒れた。
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