2話『水族館デート前編』

 早いもので、僕が転校してから二週間が経った。

 この二週間で、随分とクラスや部活に馴染めたと思う。

 そして──雨宮さんとの距離も。


「その漫画、面白いよね。絵や心理描写が綺麗で、次々読みたくなる感じでさ」

「……この漫画、読んでるんですか?」

「うん、単行本は最新話が出たら必ず買ってる」

「少し意外です、」


 好きな漫画の話を昼休みにしてくれる程度には仲良くなれた。と思う。

 僕がこの漫画を読んでるのが意外だと言ったのは、恋愛がテーマだからなのか、それとも部活しかしていないと思われているのかどっちなのだろう。


「雨宮さんって休みの日は何してる?」


 少しだけ踏み込んだ質問をしてみた。


「……勉強をしているか、本を読んでいますね」


 女子高生の休日にしては随分と味気ない回答だった。

 

「今週の休日もその予定だったり?」


 僕がそう聞くと、

 当然だと言わんばかりに「そうですよ」と答える。


「それなら土曜日、水族館に行かない?」

「!? いえ、私は忙し──」

「くはないんでしょ? チケット貰ったんだけど、潮崎と行くのはごめんだから、お願い」


 僕がそう頼むと勘弁したように「わかりました」と頷いた。


 ❀❀❀


「流石に少し強引だったかな……」


 僕は雨宮さんと待ち合わせをした池袋駅前でそう呟いた。

 チケットを貰ったのも本当だし潮崎と行くのが勘弁なのも本当だったが流石に頼み方が強引だったので、もしかしたら来てはくれないかもしれない。

 そうやって心配をしていると、後ろから背中をトントンと叩かれる。後ろを振り向き見えたのは、水色を基調としているが袖を含めた上の部分は純白のワンピース、そして同じく白いベレー帽を被った、私服姿の雨宮さんだった。


「〜〜〜っ」


 かわいい。思わずそう口から漏れてしまいそうな破壊力だった。

 そこをなんとか堪えて僕は冷静を装い。


「──よく似合ってるね」

「……ありがとう、ございます?」


 少し不思議そうに首を傾げて雨宮さんはお礼を言う。

 これ以上は場が保ちそうにないと判断した僕は水族館へと向かった。


 ❀❀❀


 水族館には予約時間丁度の11時に入ることができた。

 最初に僕たちを迎えてくれたのは珊瑚礁の海だった。


 上の名札にはデバスズメダイ、アカネハナゴイというように水槽にいる魚の種類が書いてあった。正直、魚に詳しいわけではないが純粋に綺麗なものを見るのはやはり楽しい。


 そして直ぐそばにあった、イワシの水槽は大量のイワシが左向きに周回して泳いでおり、まさに圧巻といった感じで素直に凄かった。


 少し眺めてから歩き始めると、直ぐにメインの水槽。

 サンシャインラグーンに着いた。この水槽はまさに水族館という感じで、様々な種類の魚が泳いでおり、長時間見ていても飽きないと思える綺麗さだった。

 そして──それを眺める雨宮さんは永遠に見ていたくなるほどに綺麗だった。


 思わず彼女に見惚れていると、こちらを見た雨宮さんと目があった。

 どんな水槽、いや、どんな海だって敵わない綺麗な青い瞳に吸い込まれる。


 数秒、無言で見つめあった。

 そして耐えきれなくなった僕は──


「飲み物、買ってくるよ」


 そう言ってこの場を離れた。

 少し離れた場所の、この水族館の中にあるカフェに向かった。

 注文したのはスプラッシュブルーオアシスという青い炭酸ドリンクとアクアリウムココアというカワウソかペンギンのラテアートが描いてあるココアだ。

 ちなみに今回のは、立ったペンギンのラテアートだった。


 ドリンクを手に持ち先ほどのサンシャインラグーンに戻る。

 まだ彼女は、先ほどと変わらぬ位置で水槽を眺めていた。


 だけど、横から見るのと後ろから見るので僕の見たものはまるで違った。

 暗い部屋で淡く輝く水槽の前に立つ彼女の後ろ姿は、本当に綺麗だった。

 どんな絵も勝てないと思えるほどに。


 そこで僕は、買ってきたドリンクを一度おいて、彼女に秘密で写真を撮る。

 これは僕だけの秘密にしよう。絶対に怒られるからね。


「雨宮さん。買ってきたよ」


 どっちがいい? と二週間前のサンドイッチを渡した時のように聞いた。

 彼女はきっと前とは違う意味で考え始めた。


「……では、こっちのペンギンさんのココアをもらってもいいですか?」

「うん。いいよ」


 数秒悩んでからココアを受け取った彼女は直ぐに飲むかと思いきや、再び僕に声をかけてきた。


「あの、すみません。やっぱり、そちらのジュースにしても大丈夫ですか?」

「えっと、うん。大丈夫だよ」


 まだ口をつけてはいないので大丈夫だと取り替える。

 それにしても、どうして変えたのだろう。疑問が口に出た。


「どうして、ジュースを変えたの?」

「だって、ペンギンさんを飲んだら可哀想じゃないですか……」


 あまりに可愛らしい理由だった。

 思わず僕の口からぶふっと笑いが出る。


「あはは、ペンギン好きなんだ。それじゃあ次はペンギン、見に行こうか」

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