1話『お礼はサンドイッチで』
登校二日目を迎えた。
教室に入ると、一足先に座っている雨宮さんが見えた。
昨日のことを思い出して、若干の気まずさを覚えながら僕は席に着く。
「おはよう、雨宮さん」
どうやら読書中の彼女にそう声を掛ける。
すると、一瞬びくりと体を振るわせてから言葉を返してくれた。
「……おはようございます」
「うん、おはよう。何読んでるか、聞いてもいい?」
「春の──という小説です」
有名な作品だったので、僕も一度読んだことがあった。確か恋愛系の純文学小説だったと思う。雨宮さんもこういう作品を読むのかと意外に思った。
「雨宮さんも、恋愛小説とか読むんだ」
「……ただの暇潰しです」
どうやら直接言うのは失敗だったらしくここで会話が途切れた。
❀❀❀
四限目の授業は化学だった。
場所は昨日、雨宮さんに教えてもらっていたので問題はなかった。
だけど、授業が始まってからが問題だった。
「……化学の教科書、買ってないや」
化学は選択科目だったこともあり、まだ教科書を買っていなかった。
だけど授業が始まった以上、今更先生に相談するのも恥ずかしい。
こんな時、潮崎が隣の席だったら気軽に見せてほしいと頼めたのだが、潮崎はこの科目を選択していなかったのでいない。
そして今僕の隣の席に座っているのはやはり雨宮さんだった。
別に、自分から彼女の隣に座ろうとした訳ではない。本当にたまたまである。
そんな誰に言っているかもわからない言い訳をしつつ、彼女に頼むしかないよなあ。と薄々気づいていた。他の生徒に比べてハードルは高いが頼むしかないだろう。
「雨宮さん、化学の教科書まだ買ってなくて、一緒に見せてくれない?」
「いいですよ」
あっさりと見せてくれた。
意外に思いつつも、彼女にお礼をして椅子を近づける。
「……すこし、近いです」
「あ、ごめん」
このようなやり取りはありつつも化学の授業を乗り切った。
❀❀❀
昼休みに入ると、やはり雨宮さんは直ぐに立ち上がった。
恐らく、売店に行くのだろう。
僕も用事があったので彼女を追うように売店に向かった。
少し早めに歩いたおかげで売店に着くタイミングがほぼ同時だった。
少し悪いと思いつつ、まだ誰も並んでいない売店で一番に買い物をする。
「卵サンドと、生ハムのサンドイッチをください」
お金を渡してお釣りと商品を受け取る。
そして後ろを振り向いて、彼女に尋ねた。
「どっちがいい?」
「……え? どっち、とは?」
何故か困惑する彼女に僕は説明した。
「さっき教科書を見せてくれたお礼に、サンドイッチはどうかなって。雨宮さん、サンドイッチ好きそうだったから」
僕がそういうと、彼女は少し考えるように黙る。
そして──
「お礼と言うことなら、頂きます」
彼女は生ハムのサンドイッチを受け取った。
簡単なものだが、お礼ができてよかった、
それにしても昨日、雨宮さん教室はもちろん食堂にもいなかったけど、何処でお昼を食べてるのだろう。気になった僕は思い切って聞いてみた。
「雨宮さんってどこでお昼を食べるの?」
「屋上です。誰もいなくて、静かですから」
屋上か。この季節なら確かにそこまで寒くもないし、結構いいのかもしれない。
誰もいなくて静か、という状況からは離れてしまうかもしれないが、
「僕も、屋上で食べてもいいかな?」
「……好きにしてください。個人の自由ですから」
許可を貰えたのかは微妙なところだが、
確かにどこで食べるかは自由なので屋上で食べることにした。
屋上のドアに鍵は掛かっていなかった。
どうやらこの学校では学生の屋上の出入りが自由らしい。
アルミ製のドアを開けると一気に風が中へ吹き抜けた。
風で狭めた目を開けて見えたのはゆったりと動く雲が綺麗な開放感のある屋上だった。
「……すごく、いい天気だな」
本当に、心を落ち着かせてくれるようないい天気だった。
そしてここで食べるお昼が気持ちのいいものなのは想像に難くない。
正直、雨宮さん以外に使ってる人がいないのが、不思議なくらいだった。
雨宮さんから1、2メートル程離れた場所に僕は座った。
そして、先ほど道中の自販機で買ったミルクティーを一口。
「いただきます」
卵サンドを開封した。
持ってみると、それだけでパンがふわふわだとわかる。
期待を込めて一口齧ると、甘めの味付けの卵が口いっぱいに広がった。
「うん。美味しい」
僕がサンドイッチに舌鼓を打っていると、
隣から小さく「いただきます」と聞こえてきた。
どうやら雨宮さんも昼食に入ったらしい。
少し時間を置いて、僕は雨宮さんに声をかけた。
「たまごサンド、美味しいよ」
「……それは、よかったです」
心地のいい風が流れる。
この空間のおかげか一切の気まずさを感じずに食事を楽しんだ。
❀❀❀
放課後、僕はサッカー部の入部届を持って職員室に訪れていた。
「2年A組の浅霧海翔です。サッカー部への入部届をだしに来ました」
「ああ、サッカー部の顧問は2年A担任の榊原先生だから、サッカー部で指導中の榊原先生に出せばそのまま参加できると思うよ」
「わかりました。ありがとうございます」
お礼をしてサッカー部が練習している校庭に向かった。
「潮崎! 気合い入れて守れ!」
「うっす!!」
どうやらPK練習をしているらしい。
というか、潮崎はゴールキーパーだったのか。
「先生。入部届を出しに来ました」
「おお、浅霧か。潮崎から話は聞いてたぞ。よければ少し練習参加するか?」
僕がスパイクを履いているのに気づいたのか、
そう提案をしてくれる。服は制服のままだが少しならいいだろう。
「ぜひ、お願いします」
軽く体をほぐしながら、練習中の選手たちを分析する。
まず、潮崎はキーパーとして強い。何せ僕が来てから誰もシュートを入れられてないし。
そして他の選手だが、全員上手くはあるものの、シュートだけはキレがない印象だった。
分析をしてると直ぐに僕の番が回ってきた。
「浅霧〜! 本気出せよ〜!」
潮崎からそう言われる。
そんなことを言われるまでもなく本気で蹴るつもりだった。
「──ふぅ」
軽く息を吐いて集中する。
そして潮崎の目を見て、行くよと視線を送り。
「──っ」
久しぶりにボールを蹴った。
僕の足から放たれたボールはカーブを描き、潮崎の顔、ではなくその真横を通りゴールに突き刺さった。そして、後ろで見ていた選手たちから驚きの声が聞こえた。
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