The Last Memory〜余命わずかのキミへ〜
西郷
Prologue
満開の桜は沢山の人に新しい始まりを、希望に満ちた未来を想起させてくれる。
だけど、桜が私に想起させるのは絶望に満ちた、“終わり”だけだった。
──この4月までは。
「初めまして、浅霧海翔って言います。趣味は……サッカーとか、運動が好きです! 急な転校ですが仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」
転校生の彼は、私に微笑むように自己紹介をした。
そして、クラスメイトからの拍手と歓迎の声で教室が満ちる。
「それじゃあ浅霧は……そこの空いてる席に座ってくれ」
先生の言葉を聞いた彼は頷き、まっすぐ前へと歩き始めた。
そして、私の“隣”の空いている席に着席をして、
「隣の席になった、浅霧海翔です。これからよろしくね」
間違いなく私に微笑んで自己紹介をした。
そんな彼の朱色の瞳と目が合った私は──顔を背けて無視をした。
❀❀❀
転校初日で大切なことを考え真っ先に思い浮かぶのは『自己紹介を成功させること』と『隣の席の人と仲良くなること』だと思う。
少なくとも昨日から僕はそう思っていた。だというのに。
「…………」
この沈黙と背けた顔が示した答えは『隣の席の人への自己紹介の失敗』だった。つまり、見事なまでの大失敗で、これには元気が取り柄の僕も思わず落ち込んでしまう。
そんな静寂が続く中、彼女の小さなため息が聞こえた。そして。
「……雨宮。雨宮清華です。申し訳ないですが、よろしくする気はないです」
こちらを向いた雨宮清華にそう告げられた。
初対面にも関わらず、明確に仲良くする気はないと線引きをされた。だというのに僕は、彼女の声音と名前を知れて、むしろ彼女との距離が近づいたような気さえしていた。
この学校に来て初めての授業が始まった。初めて受ける授業は数学だった。
数学は得意科目の1つであり、前の学校とこの学校の偏差値もさほど変わらない。
だというのに僕は、思わぬ形で授業に躓いた。
「浅霧、この問題解けるか?」
「…………」
「おーい、浅霧大丈夫か? 来たばかりだし他の人にしようか?」
「……!! あ、すみません。えっと、その問題は──」
彼女、雨宮清華と会話をしてから先生に問題を出されるこの瞬間まで僕は上の空だった。当然、問題の説明なんてまるで頭に入っていなかったけど、問題が簡単だったおかげで何とか正解する。
恐らく、転校生である僕に先生が配慮して問題を出してくれたのだろう。先生に感謝をしつつ昼休みまで気を引き締めて授業を受けた。
「ふ〜やっと終わった〜」
昼休みに入り、気が緩んだ僕は手を上に伸ばしてそう呟く。
周りを見渡すと本を読み始める者やお弁当を取り出す人が見えた。ちなみに隣の席の彼女は授業が終わると同時に教室から出ていった。とにかくみんな思い思いの休憩に入ったらしい。僕はどうしようかなと考えていると、急に人が集まってきた。
「浅霧くんってどこの学校から転校してきたの?」
「いやいや、それよりどうしてこの時期に転校してきたんだ?」
僕の席に集まってきたクラスメイトたちに質問をされる。
この時期の転校生は物珍しいこともあり興味があるのかもしれない。
「筑城からだよ。急に親の転勤が決まっちゃってさ」
僕がそう返すと、筑城って偏差値すげー高かったよな。親の転勤って大変だったね。などと優しい言葉が返ってくる。
「ねえ、浅霧君って彼女いるの?」
一人の女子生徒がそんな質問をしてきた。すると、他の集まってきた女子生徒たちも気になるーと反応を示す。正直、この空気感では答えにくいなと思っていると。
「いきなりそんな質問されて、浅霧も困ってるじゃねえか。そんなことより浅霧、食堂まで案内するから一緒に飯食わないか?」
思わぬ助け舟がやってきた。
なので僕はその船に乗ることにした。
「そうだね。少しお腹も空いてきたし、お願いするよ」
「おう」と返事が返ってきたので、ごめんねと言葉を残し、二人で教室を後にした。
「俺は潮崎雄太。改めてよろしくな」
「うん。よろしく、潮崎」
道中で軽い自己紹介を交わしていると直ぐに食堂に着いた。
白を基調とした清潔感のある食堂だった。人が思ったよりも少ないのを見る限りこの学校には売店もあるのかもしれない。
並んでる人数が少ないので急いでメニューを確認する。学食なだけあってうどんやカレーなど学生に人気なメニューが500円以下で売っている。
そして今回僕はきつねうどんを注文して先に座っている潮崎の元へと向かった。
「「いただきます」」
声を合わせて食事を始める。まずはうどんを一口。
ツルツルの麺がするする口に入り噛むともちっとした食感が楽しめる。
次はお揚げを箸で何度か押してから再び一口。お揚げの甘い出汁が混ざってより一層旨みが増した。食事を楽しんでいると同じく食事中の潮崎から質問をされた。
「なあ浅霧。お前が行ってた筑城高校ってサッカー強かったよな?」
「えっと、全国でいい線までは行ってたかな」
「……まさかお前、サッカー部だった?」
「うん。一応サッカー部だったけど」
何の気なしにそう答えると潮崎が突然、わなわなと震えだした。
どうしたんだろうと思っていると手を掴まれ。
「浅霧! お前さえ良ければサッカー部入らないか?」
勧誘された。どうやら潮崎はサッカー部だったらしい。
正直、部活に入る気は無かったのだけど、入って欲しそうだし、いいか。
「いいよ。サッカーは好きだし」
僕が入ると返事をすると潮崎は物凄く喜んでいた。
話を聞いてみると、この高校のサッカー部は去年強かった先輩達が抜けて大会が絶望的な状況だったらしい。それからサッカーの話が弾み、会話を楽しんだ。
もう少しで食べ終わるという状況まで来て、
あること、いや、ある人を思い出した。雨宮清華のことである。
「ねえ潮崎。雨宮さんってどんな人?」
「雨宮って……雨宮清華か? なんだ、気になるのか?」
素直に「うん」と頷く。
すると潮崎は「ああ、隣の席だったもんな」と納得して答えてくれた。
「雨宮清華を一言でいうなら──“夜空の美少女”だな」
「……夜空の美少女?」
確かに彼女の黒髪は夜空のように綺麗だと思う。
だけど、流石に意味がわからなすぎて僕は聞き返した。
「ああ。最初に言い出したのが誰なのかはわからないんだが、誰とも関わろうとせず、芸能人すらも霞むような容姿を持つ雨宮を夜空に浮かぶ誰の手も届かない星に例えてるらしい」
「……それを考えた人はすごいロマンチストだね」
少し笑ってそう答えると潮崎も「そうだな」と笑って返した。
それにしても、雨宮さんは僕だけでなく誰とも関わろうとしてなかったのか。
どうしてなのだろうと考えていると、肩に手を置かれた。
「まあ、浅霧。今言った通りだから、雨宮さんだけは諦めた方がいいぜ」
潮崎は、僕を揶揄うようにそう言った。
❀❀❀
学校の授業が全て終わった。
帰宅の準備をする生徒や部活に向かう生徒がよく見える。
サッカー部への入部届は明日出そうと思っているので帰宅の準備を始めると、先生の声が聞こえた。それは、僕ではなく雨宮さんへのものだった。
「雨宮。悪いんだが、浅霧に学校の案内をしてやってくれ」
「…………」
どうして私が——そう聞こえてくるような態度だった。
「隣の席の人が学校を案内するように、って昔から決まってるんだ。頼むよ」
そう言われては断れないのか、諦めたように雨宮さんは「わかりました」と了承した。
初めに雨宮さんが案内してくれたのは教室近くの化学室だった。
「この学校には実験室が2つあります。この化学室と、物理室です。両方とも教室から近い位置にあるので場所は直ぐに覚えられると思います」
化学室の前で彼女は丁寧に説明をしてくれた。
それが意外で、僕は少し笑ってしまう。
「何か……?」
バカにされていると思ったのか彼女が少しだけ怒ったようにそう聞いてくる。
「いや、よろしくする気はない。って言ってたのにちゃんと説明してくれるのが意外だなって」
「……頼まれたから仕方なくで、他意はないです」
少し早口にそういうと、後ろへ振り向き彼女は歩き始めた。
次に案内されたのは食堂。
食堂に着くと再び丁寧な説明をしてくれ、売店も直ぐそばにあると教えてくれた。
「食堂のこんな近くにあったんだ」
あるとは思っていたが、こんな近くにあったことに驚く。そう言えば、昼休みに彼女は直ぐに教室から出て行ってしまったが、もしかしたらここを使ったのだろうか。
「雨宮さんもここを使うの?」
そう聞くと、僅かに悩んでから答えてくれた。
「たまに使いますよ。……今日は卵のサンドイッチを食べました」
何故か雨宮さんは、そんなことまで教えてくれた。
それ以降も丁寧且つ効率的に案内をしてくれ、最後に学校玄関へやってきた。
教室を出る時に鞄は持ってきたのでこのまま帰るために靴を履き替える。そしてどうやら雨宮さんもこのまま帰るようだった。
校庭に出ると、夕焼けが落ちていくのが見えた。
結構遅くまでいたらしい。少し遅れて校庭に出た雨宮さんと並んで歩く。
「雨宮さん。今日は本当に案内してくれてありがとう」
純粋な感謝の気持ちを伝える。
「いえ、気にしないでください。さっきも言いましたが、頼まれたからですので」
頼まれて仕方なくしただけだから気にしないでいい。と雨宮さんはいう。
だけど、あそこまで丁寧に説明をしてくれたのだ。感謝するに決まっていた。
「それでもだよ。今日は本当にありがとう」
もう、校門の前まで来ていた。
彼女にまたね。と別れを告げようとした瞬間──沢山の桜が舞った。
そして、地面に舞い落ちる桜と共に彼女も地面に落ちようとしていた。
「ぁ、」
小さく彼女の口から言葉が溢れた。
そして──前に倒れる彼女を、僕は咄嗟に受け止めた。
「……雨宮さん、大丈夫?」
上から彼女の顔を覗いてみると、桜色に染まっていた。
そして、抱き止められたと気づいて直ぐに僕から離れた。
「だ、大丈夫です。その、ありがとうございます」
頬を桃色に染めて、恥ずかしがる彼女に僕は見惚れて、
「よかった。──またね」
今度こそ、別れの挨拶をした。
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