小さな星たち
@poponon2
植田尚人 1
「だからぁ、この雑誌落丁だってさっきから言ってるでしょ?」
勤め先の地方書店午後7時。
レジカウンターの上で雑誌をバンバン叩きながら、レジ担当の女性スタッフ前川に
文句を言う紫色の髪をした中年女性。
乱れた絵本売り場を整理しながら、その光景を目にし、植田尚人は
(またか・・・)と小さく心の中でため息をついた。
それほど客が多くない時間帯。中年女性の叫び声は嫌でも耳に届く。
前川と目が合った。明らかなヘルプの表情。
聞き取れないくらいの小さなため息を吐き、ゆっくりとレジへ向かった。
「お客様、どうされましたか?」
声掛けは相手を心配するトーンで、刺激はせず穏やかに。
15年前に入社した尚人が先輩スタッフからまず教えられた事だった。
中年女性は目を吊り上げて睨んでくる。
「・・・・あのね、こちらで買わせて頂いたこの雑誌だけどね、
マス目が合わない、答えにならないのよ。どれだけ考えても
ワードがつながらないの。旦那や友達にもきいたわよ?でも
わからないって答えよ。これ、そもそもマス目か問題がまちがってない??落丁よ、落丁!」
そういって一気にまくし立てた中年女性はレジカウンターをバンバン叩いていた雑誌を広げて、見せつけてくる。
月刊誌のクロスワード雑誌だった。四角いマス目が所狭しとそろったページは、ほぼ全ての箇所が書き込まれている。ただ、6マスだけ空白だった。
「落丁、と言われますとこのマス目に合う答えが見つからない、そもそも問題文自体が間違っているということでしょうか?」
「そう言ってるじゃない!最初から解けない問題よ、これは。落丁、落丁なのよ!だから出版社に確認して頂戴!!落丁だったら返品よ、返品!」
午後7時。普通の出版社なら窓口は閉まっている。
「恐れ入りますが、この時間ですと出版社の窓口は受付終了しておりまして、一端お預かりして、後日出版社に確認をしてご報告させてもよろしいでしょうか?」
中年女性の目つきが鋭くなる。(あ、やばいなこれは)と思った瞬間だった。
「つべこべつべこべうるさいのよ!言い訳しないで!!窓口が閉まってるのはそちらの都合でしょ!?なんでそちらの都合にお客様の私が合わせなきゃならないのよ!」
店内に響き渡る大声で中年女性が叫んだ。
決して多くはない客が、何事かとこちらを目にする。なかにはそっと退店する客もいた。
中年女性の勢いは留まることがなかった。
「ここよ、ここ、あなた見える!?ここ!!この6マス!あなた問題文読める!?」
「恐れ入りますお客様、ほかのお客様もおられますので・・」
「はぁ!?なにあなた、問題文も読めない!?私クレーマーと思われてるの!?」
ますますヒートアップする中年女性をなだめようとしたのだが、逆効果だった。
中年女性の背後に並ぶ学生が憮然とした表情で腕組みをしている。
一つしかないレジ。中年女性がいるおかげで稼働できていない・・・。
(ここはひとまず返品対応するしかないか・・・。)と思っていた時だった。
「お客様、どうなさいましたか」
背後から声が聞こえた。自分よりもはるかにきれいで上品な声。顔を見なくてもわかる、佐藤だ。おそらく店内に響き渡る大声が、佐藤がいたバックヤードにも届いたのだろう。
中年女性がじろりと佐藤を睨む。
「私、当店店長の佐藤大樹と申します。なにかお困りでしょうか?」
静かだがよく通る声。アイドル並の顔面とはいわないが、中の上くらいの塩顔。綺麗な二重にツーブロックの髪型。白のカッターシャツに青いカーゴパンツのうえからかけたエプロン。清潔感のある男性のお手本といえる佐藤に見つめられながら話しかけられたなら、ほとんどの女性はおとなしくなる。
それは今まで叫んでいた中年女性も例外ではなかった。先ほどよりもボリュームを下げたトーンで話す。
「あなた、店長さん?じゃあこれみてよ、この雑誌。落丁なのよ!」
「・・・拝見いたしますので、こちらへ。」
そういって佐藤は客が本の取り寄せや定期購読を行うために使用するテーブルスペースを、静かな手振りで案内した。
その紳士的な態度にすっかりクールダウンされた中年女性はだまってそちらへ向かう。
それと同時に、レジを待っていた学生がコミックをばん!と叩きつけるようにレジカウンターに置いた
「いつまで待たせるんだよ、この店は!なんでレジ一台なの!?セルフ無いの!?」
こちらもこちらでこのタイプだったか・・・。
「申し訳ございません、おまたせいたしました。」
先ほどヘルプの目線を送ってきた前川はすでに泣きそうな表情だった。
「大変お待たせいたしました」前側の言葉に合わせ、深く一礼をして尚人は持ち場の児童書コーナーへと戻る。
背中越しでもわかる、前川の失望した視線を感じながら・・。
尚人は誰にも聞き取れないくらいの声で一人、呟いた。
「北風と太陽・・・」
小さな星たち @poponon2
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