第11話「無自覚な最終決戦と、あっけない幕切れ」

 魔王城は、天を突くほどの巨大な黒い塔だった。

 周囲には、これまで見たこともないほど強力で、おぞましい姿の魔物たちがうごめいている。


 しかし、僕が近づくと、魔物たちは僕から放たれる無意識のプレッシャーに怯えて道を開けた。

 僕は誰に邪魔されることもなく、魔王城の最上階、玉座の間にたどり着いた。


 玉座には、一人の男が座っていた。

 黒い長髪に、血のように赤い瞳。人間と見紛うほど整った顔立ちだが、その身から溢れ出る魔力は、世界そのものを凍てつかせるほどに強大だった。

 彼が、魔王。


「……来たか。我が復活を阻む、イレギュラーよ」


 魔王は静かに立ち上がり、僕を見据える。


「貴様の噂は聞いている。神の寵愛を受けし者。だが、それもここまでだ。この我を前に、希望など抱くな」


 その圧倒的な存在感を前に、僕はゴクリと喉を鳴らした。

 さすがに、怖い。


(でも、ここで僕が負けたら、みんなが……)


 僕はポケットから聖なる秘宝を取り出し、握りしめた。


「僕は、あなたを倒しに来ました。みんなを、助けるために」


「フン。その小さな宝珠が頼りか。よかろう。世界の理を捻じ曲げる、我が力の前にひれ伏すがいい!」


 魔王が手をかざすと、空間が歪み、無数の黒い槍が生み出されて僕に襲いかかってきた。

 一本一本が、山を砕くほどの破壊力を持っている。


(うわわわっ! 多い!)


 僕はパニックになりながら、咄嗟に身をかがめた。


 その瞬間、僕が持っていた聖なる秘宝が眩い光を放ち、僕の周囲に絶対的な防御結界を展開した。

 黒い槍は結界に触れた瞬間、跡形もなく消滅する。


「なっ!? 我が『終焉の槍』を無効化しただと……!? その宝珠の力か!」


 魔王が驚愕の声を上げる。


「すごいな、この珠……」


 僕は感心しながら、反撃の方法を考えた。


(どうしよう……攻撃方法なんて知らないし……。そうだ、とりあえず、いつものやつで……!)


 僕は魔王に向かって、思いっきり手を振った。


(あっち行けー!)


 ドォォォン!!!


 不可視の衝撃波が、再び魔王を襲う。

 しかし、魔王はそれを黒い障壁で防いでみせた。


「ククク……なるほど、それが貴様の攻撃か。純粋な魔力の放出。稚拙だが、威力だけは認めよう。だが、当たらなければ意味がない!」


 魔王は姿を消し、僕の背後に現れる。


「終わりだ!」


 闇の剣が、僕の首筋に迫る。


(やばい!)


 僕がそう思った瞬間、僕の体が勝手に反応した。

 ありえない角度で身をひねり、魔王の攻撃を紙一重でかわす。


(あれ? 今、体がすごい動いた……)


 僕の無意識の身体能力強化に、魔王の目が見開かれた。


「馬鹿な……!? 我が神速の一撃を、なぜ見切れる!?」


 魔王は混乱しながらも、次々と攻撃を仕掛けてくる。

 炎、氷、雷、重力……ありとあらゆる系統の最強魔術が、僕に降り注ぐ。

 でも、その全てが僕の無意識の防御と、聖なる秘宝の力によって完全に無力化されてしまった。

 僕はただ、おろおろしながら攻撃を避けているだけなのに。


「なぜだ……なぜ、我が力がお前には通じぬ!? お前は一体、何者なのだ!」


 ついに魔王が叫んだ。


「えっと……星野悠です。ただの、お人好しです」


 僕の答えに、魔王は完全にキレた。


「ふざけるなああぁぁぁッ!!」


 魔王は己の全魔力を解放した。

 城が崩壊し、世界が悲鳴を上げるほどの、終末のエネルギー。


「これで世界ごと、消滅させてくれるわ!」


 巨大な闇のエネルギー球が、僕の頭上に現れる。


(これは、本当にまずいやつだ! みんなを守らないと! みんなが、笑顔で暮らせる世界を……!)


 その一心で、僕は聖なる秘宝を天に掲げた。


「みんなを、いじめるなーーーっ!!!」


 僕の叫びに呼応し、聖なる秘宝と僕の規格外の魔力が完全に融合した。

 僕の体から放たれたのは、闇を払う、創世の光。

 純粋な「善意」と「守りたい」という想いだけが乗った、ありったけのエネルギー。


 光と闇が激突し、世界が白に染まる。


 やがて光が収まった時、そこに立っていたのは僕一人だけだった。

 魔王は、僕の光に浄化され、完全に消滅していた。

 魔王城は崩れ去り、空には穏やかな青空が広がっている。


「……終わった、のかな?」


 僕は、あっけない幕切れにただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 下界では、魔王が倒されたことを知った人々が歓喜の声を上げていた。

 その中心にいたのが、たった一人の、お人好しな日本人だとは、誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る