第9話「秘宝の覚醒と、ほんの少しの自覚」

 数々の(僕にとっては)平穏な道のりを経て、僕たちはついに「忘却のダンジョン」の最深部にたどり着いた。

 中央の祭壇には、古びた宝珠が一つ、静かに安置されている。

 あれが「聖なる秘宝」に違いない。


「ついに……! これで世界は救われる!」


 ガイウスが感極まった声を上げる。

 僕が宝珠に手を伸ばそうとした、その時だった。


 ゴゴゴゴゴ……!


 ダンジョン全体が激しく揺れ、祭壇の後ろの壁が崩れ落ちる。

 そこから現れたのは、ダンジョンの守護者――封印されていた古竜(エンシェントドラゴン)だった。


 その威圧感は、先日倒した魔王軍幹部ヴァルゴスの比ではない。

 本能が、これは逃げられないと告げていた。


『何人たりとも、聖宝には触れさせぬ……』


 竜の地響きのような声が、僕たちの脳内に直接響いた。


「くっ……! 悠様、エリン殿! お下がりください! ここは私が!」


 ガイウスが剣を抜き竜に立ち向かうが、竜が軽く振るった尻尾の一撃で鎧ごと吹き飛ばされてしまう。


「ガイウス殿!」


「ぐっ……! か、すり傷……です……」


 明らかに重傷だ。

 エリンも防御魔術を展開するが、竜の吐き出す灼熱のブレスの前に、結界がガラスのように砕け散る。


「これまでか……!」


 エリンが絶望の声を上げる。


 その光景を見て、僕の頭の中で何かがプツンと切れた。

 僕を信じてついてきてくれた仲間たちが、傷つけられている。

 僕のせいで、ここに連れてきてしまったから。


(守らなきゃ)


 これまでのような、漠然とした善意ではない。


(僕が、この人たちを、絶対に、守るんだ!!)


 強い、強い意志。

 怒りに似た感情が、僕の心の底から湧き上がってくる。


「僕の仲間を……傷つけるなッ!!」


 僕は叫んでいた。

 無意識に、竜に向かって手を突き出す。


 その瞬間、僕の体から、これまでとは質の違う黄金色の魔力が奔流となって溢れ出した。

 それは僕の意志の形を成し、巨大な光の竜となって古竜に襲いかかった。


『なっ!? この力は……まさか、創造主の……!?』


 古竜は驚愕の声を上げ、僕の光の竜と激しく衝突する。

 二頭の竜がぶつかり合い、ダンジョンが崩壊するほどの凄まじいエネルギーが渦巻く。


 拮抗する二つの力。

 だが、僕の「守りたい」という想いが、わずかに上回った。


 光の竜は古竜を飲み込み、その存在を完全に浄化、消滅させた。


 静寂が戻る。僕はハッと我に返った。


「……あれ? 僕、今……」


 目の前で起きたことが信じられない。

 明らかに、僕自身の意志で、何かとてつもないことをした。


 その時、祭壇の上の「聖なる秘宝」が、僕の魔力に呼応するように強く輝き始めた。

 光は僕を包み込み、僕の脳内に直接、膨大な情報が流れ込んでくる。


 世界の成り立ち、魔力の根源、そして僕が持つ力の正体――そのほんの一部が。


(僕の力は……転生の時に神様からもらった、世界の理を書き換えるほどの……? いやいや、まさか、そんな大げさな……)


 頭に流れ込んできた情報を、僕はまだうまく整理できない。

 しかし、一つだけ確かなことが分かった。


 僕の力は、どうやら本当に「普通ではない」らしい。


 僕が混乱していると、宝珠は輝きを収め、僕の手にすっぽりと収まった。


「悠様……」


 ガイウスとエリンが、畏怖と尊敬の入り混じった目で僕を見ている。


 僕は、手の中の宝珠を見つめながら、初めて自分の存在の異常さを、ほんの少しだけ自覚し始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る