第7話「魔王軍幹部との遭遇と「たまたま」の大勝利」

 魔王復活の兆候は、日増しに色濃くなっていった。

 ついに王都の目と鼻の先にある平原に、数千にも及ぶ魔物の大群が出現したとの報告が入る。


「騎士団を総動員して迎撃する! 悠殿、誠に申し訳ないが、君の力をお借りしたい!」


 国王陛下直々の要請だ。

 僕は「お守りします」と王女様に約束した手前、断るわけにはいかなかった。


(僕にできることなんて、怪我人の手当てくらいだろうけど……)


 そう思いながら、僕は王国の騎士団と共に戦場へと赴いた。


 平原は、既に魔物たちで埋め尽くされていた。

 その中心には、ひときわ巨大な魔力と威圧感を放つ人型の存在がいた。

 禍々しい鎧をまとい、手には巨大な斧を持つ、魔王軍の幹部だ。


「ククク……我は魔王軍四天王の一人、剛力のヴァルゴスなり! この地を魔王様に捧げる最初の贄にしてくれるわ!」


 ヴァルゴスと名乗る幹部の咆哮に、騎士たちの士気がくじけそうになる。


「みんな、落ち着いて! 僕がなんとか注意を引きますから!」


 僕はそう叫んで、またしても前に出てしまった。

 学習能力がないと言われればそれまでだが、誰かがやらなければならないと思ったのだ。


 ヴァルゴスは僕を見て、鼻で笑った。


「フン、なんだその貧相な人間は。死にたいらしいな」


 しかし、僕が何の構えもなくただ立っているのを見て、ヴァルゴスの表情がわずかに曇る。


「……ほう? 魔力の発動兆候が一切ない。度胸だけは認めてやる。だが、それで終わりだ!」


 ヴァルゴスが巨大な斧を振り上げる。


(うわ、やばい! とりあえず、ちょっと威嚇して隙を作らないと!)


 僕はヴァルゴスを睨みつけ、「うぉー!」と声を上げながら思いっきり拳を突き出した。

 もちろん、ただの威嚇だ。拳が届くはずもない。


 その瞬間だった。


 僕の拳の先から、空間が歪むほどの凄まじいプレッシャー――純粋な魔力の塊が、不可視の衝撃波となって放たれた。


 ドドドドドドドッ!!!


「なっ……ぐぉっ!?」


 ヴァルゴスは、見えない何かに殴られたかのようにくの字に体を折り曲げ、数メートルも吹き飛ばされた。

 彼の頑丈な鎧には、くっきりと拳の形の凹みができていた。


「がはっ……! い、今の……は……? 魔術……ではない……? だが、この威力……馬鹿な……!」


 ヴァルゴスは口から血を吐きながら、信じられないといった目で僕を見ている。

 周囲の魔物たちも、騎士団も、皆が固まっていた。


「あれ? 効いたのかな?」


 僕が首を傾げると、ヴァルゴスは恐怖に顔を引きつらせた。


「き、貴様……一体何者だ!? なぜ詠唱も魔法陣もなしに、これほどの物理干渉を……!?」


「えっと、僕はただの通りすがりの……」


 僕が答え終わる前に、逆上したヴァルゴスが叫んだ。


「ええい、ままよ! 我が最強奥義、受けてみよ! 『デモンズ・インパクト』!!」


 ヴァルゴスの斧に、闇色の魔力が凝縮されていく。

 世界が闇に包まれるかのような、絶大な破壊の予感。


(これは、本気でまずいやつだ!)


 僕は咄嗟に騎士団の前に立って両手を広げた。

 守らなければ、という一心だった。


(みんなを守る、壁になれ!)


 そう念じた瞬間、僕の目の前に光り輝く半透明の障壁が展開された。

 それは何層にも重なり合い、神々しい紋様が浮かび上がっている。


 ヴァルゴスの全力の一撃が、その障壁に叩きつけられた。


 ズガァァァァァァン!!!


 天地を揺るがす轟音。

 しかし、僕の障壁はピクリともしない。

 それどころか、攻撃のエネルギーを吸収し、逆に何倍にもして跳ね返した。


「ば、馬鹿なああぁぁぁーーーっ!!!」


 自らの最強奥義を浴びたヴァルゴスは、断末魔の叫びと共に光の中に消滅した。


 幹部を失った魔物の群れは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 あっけなく訪れた勝利に、騎士団はただ呆然と立ち尽くすばかり。


 僕は、汗ひとつかかずに、ふぅ、と息をついた。


「よかった……。たまたま上手く跳ね返せたみたいです」


 その言葉を聞いた騎士団長が、膝から崩れ落ちたのを、僕だけが気づいていなかった。

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