第6話「無邪気な王女と静かに迫る世界の危機」

 王宮での生活は、僕にとっては針の筵だった。

 豪華な食事もふかふかのベッドも、どうにも落ち着かない。

 そんな僕の唯一の癒しが、国王陛下の娘であるリリアーナ王女との交流だった。


 リリアーナ王女は、金色の髪に空色の瞳を持つ、まるでお人形のように可憐な少女だ。

 しかしその見た目とは裏腹に好奇心旺盛で、誰に対しても物怖じしない。


「ユウ! あなたが起こした奇跡の話、たくさん聞きましたわ! ねぇ、どうやってお父様の病を治したのですか?」


 王宮の庭園で、リリアーナ王女はキラキラした目で僕に詰め寄る。


「いや、ですから、あれはたまたまで……」


「またまたご謙遜を。あなたほどの魔術師が、ご自分の力を説明できないはずがありませんわ」


 王女様は僕が力を隠していると信じて疑わない様子だ。


「ねぇ、ユウ。私にも魔法を教えてくださいな!」


「ええっ!? 僕、魔法なんて使えませんよ!?」


「もう、意地悪ですわ!」


 そんな風に、僕と王女様の間では毎日とんちんかんな会話が繰り広げられた。

 しかし、彼女の屈託のない笑顔は、僕の心を少しずつ和ませてくれた。


 そんな平穏な日々が続く中、世界は静かに、しかし確実に不穏な空気に包まれ始めていた。


「最近、各地で魔物の活動が異常に活発化しているそうだ」


 ある日、国王陛下が憂鬱な顔で僕に語った。

 王国全土から、これまで確認されなかった強力な魔物の出現や、大規模なスタンピード(大暴走)の報告が次々と寄せられているという。


 宮廷の賢者たちが古文書を解読した結果、最悪の事実が判明した。


「五百年に一度、世界を闇に染める『魔王』が復活する……古文書にはそう記されております。全ての兆候が、その復活が間近であることを示唆しております」


 賢者の報告に、王宮は緊張に包まれた。


 その夜、僕はリリアーナ王女に庭園に呼び出された。


「ユウ……聞きましたわ。魔王が、復活するんですって」


 彼女の顔から、いつもの快活さは消えていた。


「このままでは、この国も、世界も、魔王に滅ぼされてしまうかもしれません……。ユウ、私は怖いですわ」


 震える声で語る王女様を見て、僕は胸が痛んだ。

 いつも元気な彼女が、こんなにも怯えている。


「大丈夫ですよ、王女様。僕にできることがあるかは分かりませんが……もしもの時は、僕が必ず、あなたや皆さんをお守りします」


 何の力もない自分がこんなことを言うのは無責任だと思った。

 でも、そう言わずにはいられなかった。

 僕の言葉に、王女様の瞳に、わずかに光が宿る。


「……ありがとうございます、ユウ。あなたの言葉は、不思議と安心しますわ」


 この時、僕は初めてこの世界の大きな危機を自分事として捉えた。


(もし本当に魔王なんてものが現れたら……僕も、逃げてばかりはいられない。みんなを助けたい)


 僕の心に、小さな、しかし確かな決意が芽生えた。

 それは、僕の無自覚な力が、初めて明確な「意志」を持つ瞬間だったのかもしれない。

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