ランズデール辺境伯領での一件は、思った以上の速さで王国中に広まっていたらしい。

　ある日、ギルドにいる僕の元へ、立派な紋章の入った手紙が届いた。

「国王陛下からの召喚状だ。おめでとう、悠君。ついに王宮へのお呼び出しだぞ」

　バルガスさんは自分のことのように喜んでいるが、僕の心境は複雑だ。

（国王様？ なんで僕が？ 絶対に人違いだ……）

　しかし、王の命令を断るわけにもいかず、僕は豪華な馬車に乗せられ王都へと向かうことになった。

　王都はヴァルアとは比べ物にならないほど巨大で、壮麗な建物が立ち並ぶ。

　その中心に聳え立つ王城は、まるでおとぎ話の世界だ。

　城内に通されると、謁見の間にはきらびやかな衣装を身にまとった貴族たちがずらりと並び、値踏みするような視線を僕に向けてくる。

（うわぁ……居心地悪い……）

　玉座に座る国王陛下は、歳のせいか顔色が悪く咳き込んでいる。

「面を上げよ。君が、噂の『辺境の聖人』星野悠か」

「は、はい。ですが、聖人だなんてとんでもない！ ただのしがない旅人です」

　僕の答えに、貴族たちがクスクスと笑う。

　どうやら謙遜だと思われているらしい。

「ふむ。その若さでそれほどの魔力を持ちながら、実に謙虚な男だ。気に入った」

　国王陛下はそう言うと、ゴホゴホと激しく咳き込んだ。

「陛下、お体がお悪いのですか？」

　僕は思わず尋ねてしまった。見過ごせない。

「うむ。もう長年、この咳と倦怠感に悩まされておってな。宮廷魔術師たちも匙を投げたのだ」

「そうですか……お辛いでしょう。少しでも楽になるといいのですが」

　僕は純粋に国王を気遣い、彼の健康を祈ってなんとなく手を差し伸べた。

　別に治そうなんて大それた考えはない。ただの気休めだ。

　その瞬間、僕の手のひらから温かい光が溢れ出し、国王の体を優しく包み込んだ。

「な、なんと……！？」

　国王は目を見開いた。

　長年彼を苦しめてきた咳は完全に止まり、顔には血の気が戻り、体中に力がみなぎってくるのが分かった。

「体、体が軽い……！ まるで二十歳若返ったようだ！」

　国王は玉座から立ち上がり、信じられないといった様子で自分の手を見つめている。

　宮廷魔術師や貴族たちは、目の前の奇跡に言葉を失っていた。

「素晴らしい！ まさに神の奇跡だ！ 悠よ、君を我が国の宮廷魔術師長として迎えたい！ 望むだけの地位と富を与えよう！」

　国王の提案に、謁見の間がどよめく。

（宮廷魔術師長！？ 僕が！？ 無理無理無理無理！！！）

　僕は全力で首を横に振った。

「滅相もございません！ 僕にはそのような大役、到底務まりません！ 今のも、たまたま陛下の自己治癒力が高まって治っただけです！」

「な、なんだと！？ これほどの奇跡を『たまたま』と言いのけるか！ ますます気に入った！」

　どうやら僕の辞退は、さらなる謙遜と受け取られたらしい。

　貴族たちも「なんと奥ゆかしい」「あの力を独占せず、驕らぬ姿勢、本物だ」などと勝手に感心している。

　結局、僕の必死の辞退は受け入れられたものの、国王は「せめてしばらく王宮に滞在し、余の話し相手になってくれ」と僕を王宮に留めることにした。

　貴族たちは、僕の力を自分の派閥に取り込もうと水面下で様々な駆け引きを始めたようだが、そんなことには露知らず、僕は「早く家に帰りたいな……」と豪華すぎる一室でため息をつくのだった。