第4話「辺境伯領の救世主、ただし無自覚」

「次の依頼は、ランズデール辺境伯領への長期派遣だ。魔物の被害が深刻でな。君にしか頼めない」


 ギルドでバルガスさんから直々に依頼書を手渡された。

 内容は、辺境伯領を脅かす魔物の群れの討伐と被害調査。


 どう考えても僕のような初心者(Fランクのまま)に任される仕事じゃない。


「いや、無理ですって! 僕、この前の小動物駆除だって、たまたま上手くいっただけで……」


「はっはっは、謙遜は美徳だが、時には自信も必要だぞ、悠君」


 まただ。この人も僕の話を全然聞いてくれない。

 しかし、依頼書には困窮する領民たちの姿が描かれており、僕のお人好し精神が断ることを許さなかった。


(困っている人がいるなら、行かないわけにはいかないよな……)


 こうして僕は、乗り合い馬車に揺られて王国の西の果て、ランズデール辺境伯領へと向かった。


 到着した辺境伯領は、僕が想像していた以上に疲弊していた。

 大地は痩せこけ、作物は枯れ、村人たちの顔には深い疲労の色が浮かんでいる。


 出迎えてくれたランズデール辺境伯は、まだ若いが誠実そうな人物だった。


「よくぞ来てくださった、悠殿。しかし、ギルドはなぜ、あなた様お一人を……?」


 辺境伯は僕のあまりに軽装な姿を見て、不安を隠せない様子だ。

 そりゃそうだ。僕だって不安なのだから。


「とりあえず、魔物が出没するという森を案内してください」


 僕は辺境伯と共に森へ向かった。

 森は不気味なほど静まり返っていたが、空気は重く、魔力の残滓が漂っているのが素人の僕にも分かった。


 すると、突如として地面が揺れ、数十体ものオークやゴブリン、さらには巨大なトロルまでが現れた。


「ひっ……! で、出た!」


 護衛の兵士たちが悲鳴を上げる。辺境伯も顔面蒼白だ。


(うわぁ、すごい数だ……これはまずい。辺境伯さんたちを逃がさないと)


 僕はみんなを守りたい一心で、前に出た。


(あっちに行けーっ!)


 前回同様、追い払うつもりで魔物の群れに向かって、思いっきり手を振った。


 ――ピカッ!


 僕の全身から、太陽のように眩い光が迸った。

 それは聖なる浄化の光となり、魔物の群れに降り注ぐ。


『GYIIIIIAAAAAッ!?』


 魔物たちは光に触れた瞬間、悲鳴を上げる間もなく聖なる粒子となって霧散していく。

 数秒後、あれだけいた魔物の大群は、一体残らず消滅していた。

 後には、なぜか清浄な空気が満ちているだけだ。


「…………は?」


 辺境伯も兵士たちも、何が起こったのか理解できずに呆然としている。


「ふぅ……なんとか追い払えたみたいですね。よかった」


 僕がほっと息をつくと、辺境伯がガクガクと震えながら僕に近づいてきた。


「ゆ、悠殿……今のは……神々の御業か……?」


「いえ、威嚇しただけですよ? 運良く逃げてくれました」


「い、威嚇……?」


 僕と辺境伯の間には、天と地ほどの認識の差があるようだった。


 その後、僕は領内を視察して回った。

 痩せた土地を見ては「もっと元気になればいいのに」と土に触れ、病に苦しむ人々を見ては「早く良くなるといいですね」と手を握った。

 僕がそうするたびに、枯れた大地は緑豊かな沃野に変わり、病人はたちどころに全快した。


 僕自身は「ここの土は栄養があるなぁ」とか「この人は回復力が高いんだな」くらいにしか思っていなかった。


 しかし、領民たちにとって、僕はまさしく「救世主」そのものだった。


 数日後、ランズデール辺境伯領はかつての活気を取り戻し、以前にも増して豊かな土地へと変貌を遂げていた。

 辺境伯は城で盛大な宴会を開き、僕に山のような金貨と宝石を報奨として差し出した。


「悠殿、このご恩は生涯忘れませぬ! どうかこれをお納めください!」


「ええっ!? いりませんよ、こんなにたくさん! 僕はちょっと手伝っただけですから!」


 僕は固辞した。

 お金儲けのために来たわけじゃない。ただ、困っている人を助けたかっただけだ。


 僕のその無欲な態度はかえって辺境伯と領民たちの尊敬を集め、「聖人・悠」の噂は、風に乗って瞬く間に王都へと伝わっていくことになる。

 僕の平穏な日常は、もうどこにもないのかもしれない。

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