第2話「小さな親切と、大きすぎる奇跡」
自由都市ヴァルアは、その名の通り活気に満ちた場所だった。
様々な人種が行き交い、城壁に囲まれた街並みは、僕がいた世界のどんなテーマパークよりもファンタジックで、胸が躍る。
商隊のダリオスさんにお礼を言って別れ、僕は当面の生活費を稼ぐため日雇いの仕事を探すことにした。
とはいえ、僕にできることなんて限られている。
肉体労働は苦手だし、特別なスキルもない。
(まずは宿と食事の確保だな……)
そう思って街を歩いていると、僕はふと、賑やかな大通りから外れた一角、いわゆるスラム街に迷い込んでしまった。
そこで、枯れ果てた小さな畑を前に途方に暮れている子供たちを見かけた。
「うぅ……これじゃあ、何も食べられないよ……」
「水ももうないし……」
痩せた体にボロボロの服。その姿は、僕の心を強く締め付けた。
見過ごすなんて、できるわけがない。
「こんにちは。どうしたんだい?」
僕が声をかけると、子供たちはビクッと体を震わせた。
警戒しているのだろう。
僕は怪しい者ではないと、なるべく優しい声で伝えた。
「畑が……枯れちゃって。お腹すいたんだ」
一番年上らしい少年が、ぽつりとつぶやく。
「そっか。大変だったね。……よし、ちょっとお兄さんに手伝わせてくれるかな?」
僕はそう言って、袖をまくった。
何ができるかは分からない。でも、何かせずにはいられなかった。
僕は畑に入り、カチカチに乾いた土に触れた。
(元気になーれ、元気になーれ。美味しい野菜が、たくさんできますように)
子供たちが笑顔になるのを想像しながら、僕は心の中でそう念じ、土にそっと手をかざした。
これも、特に意味のないジェスチャーのつもりだった。
すると、次の瞬間。
僕の手のひらが触れた場所から、柔らかな緑色の光が溢れ出した。
光は波紋のように広がり、あっという間に畑全体を覆い尽くす。
枯れていた作物の芽は見る見るうちに生命力を取り戻し、ぐんぐんと成長を始めた。
土はふかふかと柔らかくなり、地面からは清らかな水が湧き出して小さな泉を作っていた。
数分後、そこには青々とした葉を茂らせた野菜が、たわわに実る豊かな畑が広がっていた。
「「「「「…………え?」」」」」
子供たちは、僕と畑を交互に見て目をぱちくりさせている。
「……すごい! 魔法だ!」
一人の女の子が叫ぶと、子供たちは一斉に歓声を上げた。
「お兄ちゃん、魔法使いなの!?」
「ありがとう、魔法使いのお兄ちゃん!」
子供たちは僕の周りに集まり、目をキラキラさせながら僕を見上げてくる。
(え? 魔法? 僕が? まさか。これは……なんだろう。土がもともと栄養豊富で、たまたまタイミングよく雨でも降ったのかな? いや、雨は降ってないな……。じゃあ、地下水脈が偶然……?)
僕の頭は混乱でいっぱいだった。
でも、子供たちの嬉しそうな顔を見たら、そんなことはどうでもよくなった。
「いやいや、僕は魔法使いじゃないよ。ちょっと手伝っただけ。さ、みんなで収穫しよう」
僕は笑ってそう言った。
子供たちは大喜びで野菜を収穫し始め、その日の晩、僕も彼らと一緒に美味しい野菜スープをご馳走になった。
僕はこの出来事を「不思議な偶然」として片付けたが、この噂は瞬く間にスラム街を駆け巡っていく。
「枯れた畑を蘇らせる謎の男がいるらしい」
「病気の猫に触れたら、一瞬で元気になったそうだ」
「彼が通った後は、なぜか水が綺麗になる」
僕の「小さな親切」は、僕の知らないところで「奇跡」として語られ始めていた。
そしてその噂は、やがて街の有力者――かつて冒険者ギルドを設立した伝説の元冒険者の耳に、届くことになるのだった。
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