#2-1 実地研修に行こう

第33話 再講習組の人たち

「ぬし~、遊ぼ?」

「遊ぶなら……そうだな、ちょっと出かけようか。」


 草原の火事も完全に落ち着き、探索者の人々もそろそろ休みに飽きて仕事に戻り始めていた。


 しかし俺はまだ仕事には戻らず、今日もまたシロと遊ぶ一日を選択していた。


 シロの母親は戻って来ない。そろそろどうするかを決めなければならない。


 どうするっていっても、ほとんど決まっているんだけどね。ここまで数日とはいえ一緒に過ごしたのだ。いまさら見捨てるわけにはいかないし、知らない人に預けるのも嫌だ。


 幸いなことに、俺の中には二人の精霊が宿ってくれている。彼女たちに頼めば、幼いシロを一緒に妖獣狩りに連れて行ったとしても、シロが危険な目に会う事はないのだ。


 そう、考えるまでも無い。もう答なんて最初から決まっているようなものだ。



 シロにかされて遊びに出ることになったが、さてどこに行こうか。そうだ、どうせなら探索者協会の訓練場にでも行って素振りでもしよう。あそこなら少しぐらい子供が暴れ回っても大丈夫だろうし。


 そうと決まれば、先にどこかに出掛けているホムラたちに書置きを残すと、シロを抱き上げて探索者協会へと向かうことにした。


 訓練場は昨日までとは違い、かなり空いているようだ。やはりみんな仕事を再開して、どこかに狩りにでも出かけて行ったのだろう。


 適当に空いている場所に移動して、シロとチャンバラごっこをするために木刀を用意していると、横から声を掛けられた。


「主様、こんにちは!」

「お久しぶりでございます。」

「ああ、びっくりした、マミコとスザクか。こんなところで何してんの?」


 マミコには探索者登録するように命じてあるし、その後いろいろどうなったかも聞いておきたいところだ。


「私、無事に初級探索者になれました!」

「えらく早いな、おい。初心者講習とか見習とか無かったの?」

「ふえ?」


 きょとんとした顔をしているマミコに、スザクが助け舟を出す。


「初心者講習はございませんでしたし、見習は先日無事に終了いたしました。」


 どうやら初心者講習は全員の義務ではなく、若年者にだけ課されているのだそうだ。もちろん見習での実地研修はあったが、中級探索者であるスザクが同行することで、あの草原火事が起こる前日に無事に終了したのだという。


「ということは、たった一人で依頼をこなしたっていうことか。それはすさまじいな。」

「マミコの膂力りょりょくには恐ろしい物がございます。これは推測ですが、三人分くらいの力が宿っているのではないかと。」

「三人分か……。それはすごいなぁ。」


 聞いてみると、力だけではなく、剣術の腕も相当なものらしい。さらには回復術まで自前で使えるので、実地研修では向かうところ敵なしといった状態だったようだ。


 少し子供っぽい感じだが、どうやらこの状態で魂も安定したらしい。実際の年齢は零歳だしな。暴走しないなら、これで問題ないだろう。


「はい、初級と中級でまだ差がありますが、二人でグループを組む申請も終わっております。」

「私、スザクとグループを組んで、これからも一緒に狩りをするんだよ!」


 うん、マミコは素直っぽいというか、アホっぽいというか、元気な性格で安定したようだな。


「二人で大丈夫なの?」

「はい、しばらくは二人で簡単な妖獣討伐をこなしていく予定でございます。それにもしも危険な依頼の場合には、別のグループと共同でこなすことになるかと思います。」

「今日はね~、二人で連携の練習するんだよ!」


 まあスザクは中級探索者なわけだしね。この分ならこのまま任せておいても問題ないだろう。シロだけでなく、マミコまで同時に面倒を見ることにはならずに済みそうだ。



 俺たちとは違い、ちゃんとした鍛錬を始めた二人と別れ、シロと二人でじゃれ合っていると、また誰かに声を掛けられた。


「おお! タカシじゃないか! 子連れってことは、ホムラか? マヤか?

 どっちに産ませた子なんだ?」

「ハヤトは相変わらず馬鹿ねぇ。あの子たちにこんな大きな子がいるわけがないじゃないの。」

「ハヤトとサキか、久しぶり! 試験はどうだった?」


 この時間にここにいるということは、おそらく再講習にはなっていない、つまり合格しているはずだ。


「おう! ちゃんと合格したぜ!」

「カシコのお陰よね。本当に助かったわ。」

「カシコ? ああ、あれか、あの法則。」

「ああ。カシコのおかげで俺たち以外の再講習組も、何人かを残して全員合格できたぞ。」

「本当かよ……。あいつら一緒の宿なのに、何も教えてくれないとは……。」


 どうやらカシコを信じようとしなかった数人を除いて、再講習組の全員が合格を勝ち取って見習になることが出来たらしい。本当かよ、と思わなくもないが、まあ本当の話なのだろう。


 しかし毎晩食堂で顔を合わせているのに、誰も教えてくれなかったなんて、冷たい奴らだね。まあ、だいたい理由は分かる。食事の時はシロの面倒を見るのが忙しすぎるので、他の奴の相手をしている時間がまったくないからね。


 ちゃんと声をかけて貰っていたけれど、忙しすぎて全然聞いていなかったということも十分あり得るぐらいだ。


「まあ、まだ探索者見習だからじゃないかな。実地研修の順番待ちだしな。」

「順番待ちなんてあるの?」

「うん、そうなの。合格者が多かったのもあるんだけど、なんだか実地研修を担当した中級探索者の中に盗賊が混じっていたっていう事件があって、それで研修担当者の精査に時間がかかっているみたい。」


 うわ、どこかで聞いたことがあるような話だぞ。


「そんなわけで他の見習の奴らと臨時グループを組むことになってな。今日は連携の確認でもしようってことになってるんだ。」


 なんだか、そっちの話もさっき聞いたことがあるような気がするぞ。


「探索者協会が許可してくれるかどうかはわからないけど、スザクっていう中級の知り合いがいるんで、頼んだら実地研修の担当ぐらいはやって貰えるかもしれないぞ。今そこにいるから、聞いてみようか?」

「おお、そうなのか、頼んでもいいか?」


 スザクなら俺の頼みは絶対に断らないし、揉め事を起こした俺が推薦するのなら、協会も否とは言わないだろう。問題があるとすればスザクのグループメンバーのマミコがまだ初級になりたてのことぐらいだ。



 立ち話を続ける俺のことを諦め、一人遊びを楽しんでいるシロから眼を離さないように気を付けながら、俺は近くで連携の確認をしているスザクとマミコに近づいて声をかけた。


「スザク、ちょっと良いかな。頼みが出来たんだけど。」

「はい、承知いたしました。」

「いや、まだ何も頼んでないんだけど!」


 スザクは魔法の力で俺のしもべになっているので、俺の頼みを断ることはできない。でも形の上だけはちゃんと聞いてから判断した風を装って欲しいところだ。


「そう言われましても、主様の頼みとあれば、どんなことであっても喜んでお引き受けいたします。例えば、お尻で割りばしを割れと言われれば、何本でも割って見せます!」

「……いや、それは頼んでないから。」


 もしかしたら、特定の趣味の人にとってはご褒美なのかも知れないけど、少なくともそれは俺ではない。


「ならば、この胸で割りばしを……」

「ちょっと割りばしから離れようか。」


 胸で割りばしか……いったいどうやって割るんだろうか。ちょっと興味があったけど、これ以上それに触れるのはやめておいた。



「知り合いの探索者見習が、実地研修の同行者がいなくて困っているらしいんだ。もしも可能なら助けて欲しい。」

「了解です。もちろん同行の依頼を受けること自体は可能です。ただし問題は協会が私たちを認めるかどうかですね。」


 うん、まともになったら優秀だ。さすがは中級探索者だな。


「その辺りのことは良く分からないし、受付で聞いてみるしかないかな。」

「そうですね、ではそうすることに致しましょう。」


 スザクとの話がついたのでハヤトの方を見てみると、そこには二人の探索者見習らしい人影が立っているのが見えた。えらく大きな男と、小さな女だな。


 俺はスザクたちを連れて彼らの方に戻り、二人のことをハヤトたちに紹介した。


「賢者とはいつも食堂で顔を合わせているけど、こうして話をするのは初めてだな。俺はダイキ、剣士志望だ。」

「私はチヅル、斥候志望よ。もちろん私の顔も知ってるわよね? 賢者の知恵で見習になれた上に、中級探索者の紹介までして貰えるなんてね。」


 うん、確かに二人の顔は食堂で見かけることが多いな。特にデカい方は良く目立つし。


「いや、俺は紹介してるだけだし、まだ協会が了承したわけでもないからな。お礼はスザクに言ってくれ。それはそれとして、賢者ってなんのことだ?」

「おい、知らないのか? タカシ、お前、俺たち再講習組の中では賢者って呼ばれてるんだぜ?」

「な、何故に!」

「あれだよ、あれ。カシコ。あんな魔法の言葉を生み出すなんて、賢いに違いない、あいつは賢者だって、みんながそう言いだしたんだ。」

「賢いわよね、なんたってカシコだし。」


 俺が賢者と呼ばれることに、スザクとマミコが嬉しそうにウンウンとうないている。


 いや、別にあだ名なんて何でもいいんだけど、でも、賢者だろ? それって確か彼女がいないまま長年ずっと過ごしていると、進化してなる奴じゃないか。なんだか絶対に彼女ができないって言われてるような気がするぞ?


 それはそれとして、これでメンバーが全員集まったようだ。


 俺はシロを呼び戻して抱き上げると、みんなで揃って受付に向かった。


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