第31話 協会への報告

 串焼き肉を食べながら探索者協会に行くと、そこには結構な人だかりができていた。草原の火事で外に出られなくなったり、外から戻ってきた人たちが、一階の酒場に押しかけて来たらしい。


 仕事が止まって酒が飲みたくても、こんな朝っぱらから酒が飲める場所は、そんなにたくさんあるわけじゃないからね。


 俺たちの目的は酒ではなく、依頼達成の報告や納品なので、酒場ではなくて、かなり年配のお姉さんが座っている中央の受付に向かった。


「おはよう、お姉さん。いくつか報告と、肉の納品があるんだけど、いいですか?」

「ああ、構わないよ。報告ってことは、外からの帰りかい?」

「ええ。森の近くの草原で火事に巻き込まれて、急ぎで戻ってきたところですよ。」


 協会には逐次、火事の情報が入ってきているようだが、俺たちも簡単な報告をさせてもらうことになった。


「そうかい、そりゃ今回の火事はかなり酷いかも知れないねえ。」


 城壁や塔の上から火事の様子は確認できるそうだが、町に近づいてくるのは見えても、立ち昇る煙のせいで、どれだけ広がっているのかは確認するのが難しいそうだ。


 そのため、どの辺りがどういう状況なのか、そういった実際の火事現場からの情報はそれなりに役立つそうだ。



 火事の報告に続けて、妖獣討伐の報告と、クマー肉以外の肉や皮の納品、さらには『不滅の壁』の三人を盗賊として討伐したことの報告も行う。


「……そうかい、あいつらは結構まともな奴らだと思っていたんだけど、夜盗を働くとはねぇ。」

「実地研修のことで揉めたんで、その仕返しに来たみたいです。」

「ああ、あの話、あんたたちだったのかい? かなり糞生意気なガキどもだと聞いたけどねぇ。そういやその子供、どこかから攫ってきたんじゃないだろうね?」


 かなり年配のお姉さんはギロっと俺のことを睨みつけてくる。俺たちと『不滅の壁』との揉め事は、結構な噂になっていたようだ。そりゃあ中級探索者の話だから噂にもなるだろう。


「生意気なのは認めるけど、こっちから襲ったわけじゃないですよ? それとこの子は火事で母親とはぐれたみたいなんで、保護してるだけです。さらったりなんかしませんよ。」


 少し不穏な空気が漂い始めたのにおびえたのか、シロがギュッとしがみついてくるので、安心させるように頭を撫でてやる。


「確かに見たところ、なついているみたいだし、攫ってきたわけじゃなさそうだね。火事の話と盗賊の話は、上でもう一度、詳しく話して貰うことになるだろうから、二階の待合で待ってな。」


 どうやら食事はもう少しお預けのようだ。これは屋台で少し食べておいたのが正解だったかも知れない。



 二階に上がってみると、受付はほとんど混雑していないようだった。依頼の掲示板の周りにも人が集まっておらず、かなり閑散としている。


 どうやら草原の火事の影響で、みんな依頼を受けるのを控えているらしい。一階の酒場も満員だったし、やっぱり今日はみんな、お休みってことにしたみたいだ。


 しばらくそこで待っていると、受付のお姉さんに呼び出された。この間と同じお姉さんだ。ちなみに名前はミハルさんというらしい。


 いや、聞いてないけど、ちゃんと胸につけてる名札に書いてあった。胸の所がこんもりと盛り上がっているので、正面からだと見えにくいんだけどね。


「タカシさん、皆さんには支部長のところで情報をお聞かせいただきます。」

「あの、それは問題ないですが、シロ、この子も一緒でいいですか?」


 ただなりいきで預かっただけとはいえ、まだほんの幼い子だ。全く知らない人たちしかいない所に置いていくのは、できれば避けたい。


「ああ、オーバさんの話にあった子供っていうのはその子ですね。秘密の話ではないので、別に構いませんよ?」

「おばさんって?」

「あら? 一階のオーバさんの所で報告されたのでは? そう聞いたんですが。」

「ああ、あの受付の、かなり年配のお姉さんのことですか。すみません、名前は見てなかったので。ああ、この子は誘拐したわけじゃないですよ、」

「はい、わかっていますから、大丈夫ですよ。」



 俺たちとシロの四人は受付のミハルさんに連れられて、支部長のオッサンが待つ部屋へと向かった。なんだか立派な扉だし、ここは多分だけど支部長の部屋なんだろう。


 その重たそうな扉を開けると、中からいきなり怒鳴り声が飛んできた。


「おい、お前ら! また探索者を盗賊だって言ってぶっ殺したんだって? いったいどうなってやがる!」


 うわっ? いきなり疑われてる?


 捕まえた後の話にはかなりヤバいものがあるけど、襲われるところまでは俺は無実のはずだ。


「どうなってるかなんて、こっちが聞きたいぐらいだ。それよりもう一人はどうなったんだ? 襲ってきたのは三人だったけど。」

「ああ、あともう一人、スザクな。そっちからも事情は聴いてある。いくら止めても三人が止まらんから、途中で馬鹿らしくなって帰って来たらしいぞ。あと、城門での話も聴いてある。」


 なんだ、それじゃあ、俺が悪いわけじゃないってわかってるんじゃないか。


「ああ、お前らが犯罪をおかしたわけじゃないのはわかってる。でも、関係ないとは言わせんぞ? もう少しあおるのは押さえやがれ。」

「それこそ、俺たちじゃなくて向こうに言ってくれ。」

「ああ、もう、わかった。すでに話は付いてるし、報奨金と貢献ポイントもつけてあるから、後で確認してくれ。」


 そういえば、俺は一つ勘違いしていたことがある。協会からお金を受け取る時は、現金と貯金のどちらかを選べるんだけど、この時は貯金の手数料は取られないそうだ。手数料を取られるのは、こちらから現金を持ち込んだ時だけってことだな。



 盗賊の話が終わると、草原の火事のことを色々聞かれた。


 俺は聞かれた通り、俺たちが火事に気付いた時間帯やその時の位置、風向きや炎の位置、そして逃げた方向などを、一階で報告した時よりも事細かく、簡単な地図を描きながら説明していく。


 更には町に戻った後の屋台の情報として、安い肉の供給不足が起こる心配があること、価格の高騰の可能性があることなどをつけ足しておいた。


「そういやぁ、火事の現場で、裸で走り回ってる怪しい奴がいたって話があるんだが、お前ら何か知らないか? こいつが火をつけた犯人じゃないかって説もある。」


 ……誰だよ、チクった奴は!


「た、たぶん、そのお方は、犯人ではないと思いますでございますよ?」


 ホムラとマヤが俺のことを詰めたい目で見ているのがわかる。これは誤魔化しきれるだろうか?


「……お前か。」


 速攻でバレてるし。


「だって仕方ないだろうが! 緊急だったし、服とか着てる時間がなかったんだよ!」

「……まあ、悩みもあるんだろう。それに人にはそれぞれ趣味ってものがあるからな。でも女の子も側にいるんだ。少しは労わってやれよ?」


 趣味じゃねえよ! それにちゃんと労わってるよ! どっちかというと剣でゲシゲシ殴られてるのはこっちだよ!


 受付のミハルお姉さんまで能面みたいな顔になってるし。とんだ風評被害だよ!



 ~~~~~



 俺たちがミハルさんに伴われて部屋を出た後、探索者協会支部長のゲンコツは頭を抱えていた。あれはなんという変なガキなんだろか。


 探索者たちをうまくあおり、盗賊に落として殺し回る悪魔、最初はそういう危険なガキだと思っていた。しかしどうやら、あのガキはそれ以上の何かを持っている。


 そもそも火事の説明をするのに地図を描きはじめるなど、あまり聞いたことはない。しかもその地図はかなり正確に描かれているように思える。まだこの地に来たばかりだというのに、どんな感覚をしていればそんなことが出来るんだろうか。


 しかも、しっかりと炎の位置や速度を考えて逃走経路を選択し、逃げる方向だけでなく左右や後方のことまでしっかりと押さえている。それだけではない。その逃走経路は、途中で風向きが変わることまで予測していたとしか思えない。


 あらかじめ全部知っていた、そう言われれば信じてしまうかもしれない、そんな話だが、知っていれば当然、草原にいることなど無かっただろう。


 自分で火をつけたというのもあり得ない。それならわざわざ風下にいることはないからだ。そこで風下に逃げるような阿呆なら、火事から逃げ切ることは出来なかったはずだ。


 それだけではない。市井での食料供給の不足や値段の高騰を予想しているにも関わらず、妖獣シバーの肉を二百匹分以上納品していったという。値段が上がるとわかっていながら、安値で大量に売るなど、いったいどんな阿呆なんだ。


 そして親とはぐれた幼子を保護するなど、どこの聖人なんだっていう話だ。そんな状況なのだ。親などとっくに亡くなっている可能性の方が高いというのに。


 本当にアイツはまったく変なガキだ。


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