第36話 このまま終わる訳にはいかないよね
「遙香は妹じゃなくて、従姉妹だ。家も隣だし、一緒に育ったようなものだけれど」
「えっ、そうだっけ。聞いてない」
思い切り驚かれる。
「説明してなかったっけか」
「聞いていないよそれ。私も多分彩も」
何か悪い事したなと思ってしまう。
「でも研究会を作るときも川崎にやってもらったし、最初の魔獣の時も彩は川崎に庇って貰ったって言っていたし、次の魔獣の時も川崎からメッセージ貰ったおかげで少し安心できたって喜んでいたし。それに今回の戦いでも彩、川崎に助けて貰ったんでしょ。逃げ遅れたと思った瞬間、川崎に手をひっぱられて、柱の影にぎゅっと庇われたって言っていたよ。川崎も彩の事、結構気にしているんじゃない?」
その理由は実はわかっている。
「ごめん。それは俺のせいだ。更に言うとどっちも遙香絡み。研究会については、向こうの世界と同じ研究会を作れば、遙香とまた会えるんじゃないかと思ったからだ。魔獣の件は、前にその場にいなくて助けられなかった女の子がいてさ。だから危険だと思うととっさに手を伸ばしてしまうんだ」
「その女の子って、遙香ちゃんの事?」
「ああ」
「でも遙香ちゃん、無事だったんだよね。今は学校にいるし」
ふと俺は気づく。須崎さんの言葉が矛盾していることに。研究会を作った世界には、遙香はいない筈なのだから。
そこを須崎さんは、どう考えているのだろう。俺や先輩達以外の生徒は、今の状態をどうとらえているのだろう。
更に考えると、遙香の事をここまで言わなかった方が良かったかもしれない。単に従姉妹だと説明するだけで充分だっただろう。
それでもこの先、どうなるのだろうか。そういう不安は間違いなく俺にのしかかっている。だからか俺は、つい須崎さんに言ってしまう。
「この学校にいるのは、俺がいたのと違う世界で生きていた遙香だ」
須崎さんは、はっとした顔をして、そしてそのまま無言で考え込む。どうやら今まで、その辺をあまり考えていなかったようだ。
座っている石の温度が結構上がって、また魔法で冷やした頃。
「向こうの世界と私がいた世界、どっちにも同じ人がいて当然だと思ってた」
ぽつりという感じで、須崎が呟く。
「それじゃ私が話している川崎は、どっちなの?」
「俺は魔法が無い世界の記憶が主体だ。でもそれは魔法が無い世界の記憶が主体の須崎さんに話しているから、そう認識されるだけかもしれない。同時に魔法が元々あった世界の俺も、同じ世界の須崎さんに同じように話しているのかもしれない」
「その辺はややこしくなるからパス」
確かにそれが正解なのかもしれないな。そう俺は感じる。
違う世界の俺を、俺は理解出来ない。記憶もあるし、行動もほぼ同じ筈なのだけれども。
「でもそれだと、遙香ちゃんはどうする訳。世界がまた別れたらもう、遙香ちゃんはいないんだよね」
その通りだ。でも俺は、その質問に答えることは出来ない。考えないようにしていたから。考えたくないから。
「遙香ちゃんは気づいているの? 今の川崎が元いた世界に自分がいない事」
あえて『死んだ』という表現を使わないのが、ありがたい。
「ああ。この前、秩父まで行った時に気づいた」
「そっか」
須崎さんは、小さくため息をついた。
「思ったより、数段面倒な状態だったみたいね」
「悪いな、秘密にしていて」
「川崎が悪い訳じゃない」
まあそうなんだけれどな。
「でもここがこのままって事は無いよね、きっと」
確かにそれは須崎さんの言うとおりだ。だから俺は頷く。
「二つの世界が一緒になるという終わりは、多分無い。それもわかっているよね」
俺は頷く。実は俺も、わかっている。
今のここは、魔王を倒す為の知識を入手する目的で出来た、一時的な状態だ。目的が達成されればまた元の世界に戻るだろう。
俺が戻るのは、遙香のいない世界。そうしたらどうなるのか。
簡単だ。此処へ来るまでと同じ状態に戻るだけ。
魔法が無くなれば、この学校も俺の世界からはなくなるかもしれない。茜先輩や綠先輩ともそれきりになるだろう。俺はまたあの田舎に戻る訳だ。
まああの高校、通ってみればそれほど悪い場所でもなかった。
内海と森川さんはもうくっついているだろうか。西場さんが相変わらず苦労しているだろうか。
「いずれにせよ、このまま終わる訳にはいかないよね」
えっ。須崎さんが妙な事を言った気がする。
「どういう事だ」
「川崎にはまだ内緒かな。こういう事は、茜先輩と相談するのが一番早いよね。清水谷教官は割とノリがいいから、多分賛成してくれるし協力もしてくれると。柳川先輩はその後で話せばまず問題無い。よし、決めた!」
何だろう。
須崎さんは一人頷いて、そして立ち上がる。
「川崎、とりあえず夏休み最初の週は空けといてね。あと遙香ちゃんにも空けておくように言っておいて。いいわね」
「わかったけれど、何でだ」
何がどうなって、どう夏休みにつながるのか、俺にはよくわからない。
「それはこれから決めるのよ。それじゃ善は急げという事で失礼。今日はありがとうね!」
良くわからないまま、須崎さんは立ち上がって、校舎の方へ。
何をする気なのだろう。俺は取り残されたまま考える。
蝉の声が急に煩く感じられた。
寮の自室に帰るとほぼ同時に、学内SNSで連絡が入った。
八月四日、日曜日まで約一週間、学校は休校になるそうだ。かわりに今までの休校分も含めて夏休みを短縮し、八月五日月曜日から八月十六日金曜日までは授業が入るとのこと。
また授業休みと同じく期間、厚生棟の二階、三階も使用中止とある。
あれだけ被害が出ているのだから、当然だろう。一週間ちょいで復旧する方が異常だ。魔法が使えるから、まあ可能なのだろうけれど。
とりあえず疲れたので、ベッドの上に転がる。何せ朝から魔物相手に戦ったのだ。しかも二回も危険な攻撃を受けて。全員無事だったけれど。
本当は疲れているのには、別の理由もあるのだろう。でもそっちの理由は、あえて見ないことにする。そう、今は身体的に疲れているだけでいい……
スマホの振動で目が覚めた。
見ると窓の外が暗くなり始めている。思ったよりしっかり寝てしまっていた様だ。
夕食を食べなければならないし、そろそろ起きるか。ベッドから身を起こして、それからスマホを確認。
学内SNSに、こんな連絡が流れてきていた。
『魔法実践・訓練・研究会会員にお知らせです。七月二八日、日曜日、研究会の総会を開きたいと思います。議題は夏合宿についてです。夏合宿に参加を希望される方、その他ご意見がある方はご参加いただけますよう、宜しくお願い致します』
向こうの世界での記憶を探る。しかし夏合宿などという行事は、記憶にない。ついでに言うと、今の俺の記憶にも、そんな話が流れていたなんて情報はない。
それでも思い当たることはある。須崎さんが言っていた台詞。
『川崎、とりあえず夏休み最初の週は空けといてね。あと遙香ちゃんにも空けておくように言っておいて。いいわね』
これに間違いないだろう。
何の意図でそんなことを企んだかは、何となくわかる気がする。でも今は、深く考えないことにしたい。
参加しない、そういう選択肢はおそらく無いのだろう。わざわざ須崎さんが、おそらく塩津さんや茜先輩、教官を巻き込んで企画してくれたのだ。
それに遙香は、こういうのは好きな筈だ。俺自身は、騒がしいのや集団行動はあまり好きでは無いのだけれど。
集合場所と時間は、第二魔法実験室に朝十時。研究棟の一階はほとんど被害が無かったらしいから、問題は無いだろう。あの部屋を使うという事は、清水谷教官の許可も取得済みという事だろうし。
そんな事をぼんやり考えていると、スマホが振動した。遙香からのメッセージだ。
『お兄も研究会の集合行くよね。朝ごはん一緒に食べて行こう。九時に寮出口で待ってる』
うん、仕方ないな。返信を打つ。
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