第10話 相談と、思わぬ反応と

 放課後、厚生棟の喫茶室。

「それでも興味があるのなら、あえて入ってみるのもいいんじゃないか」

 茜先輩に、魔法を研究する活動について聞いてみた際の、最初の台詞だ。

 食堂は時間外は開いていない。だから座って話が出来る場所は、外のベンチか三階のラウンジ、そしてここ喫茶室くらい。

 ラウンジとは広い部屋に椅子と長机が並んだ場所で、いつも空いている。空いていすぎて目立つため、そこで先輩と会うとクラスメイトに見つかる可能性が高い。だから先輩と話をするのは、消去法的にここになる。

 勿論いつもここで先輩と会っている訳では無い。実際には初日以来、つまり二回目だ。

 ここにいるのはアンケートの件について、念の為先輩と相談しようとSNSで連絡した結果である。

「でも様子を見た方がいいって、前に言っていましたよね」

「ああ。でも魔法研究関係の課外活動、かなりの人数を集めるだろう。だから中に入っても最先端の方にいなければ、そこまで危険は無いと思う。お勧めはしないけれどな」

 やっぱり。

「茜先輩はどうするつもりですか?」

「最初のアンケートには魔法研究会と書いて、二番目のアンケートには参加希望無しとする。そうすれば元気のいい奴が勝手に動いて、状況を明らかにしてくれるだろう」

 えげつない方法論だ。

「でもそれでは最先端の情報は入らないですよね」

 あえてそう聞いてみる。

「相場師曰く、頭と尻尾はくれてやれってな」

 なるほど。確かにその態度は正しい。大学への推薦は、普通にやっていれば取れるという約束だったし。

「ところで、緑先輩は今日は一緒じゃないんですか」

 確かに俺がSNSで呼んだのは茜先輩だ。でもてっきり緑先輩も一緒だとばかり思っていた。何せ今まで、ほぼ二人をセットでしか見ていないのだ。

「緑は部屋で休んでいる」

 何故だろう。

「風邪か何かですか」

「魔法だ。緑の持ち魔法のひとつが予知なのは、知っているよな」

「ええ」

 俺がこの学校に入るきっかけだって、緑先輩の予知だ。

「今、この世界と別の世界が異様なまでに近づいている。そのせいで、とりうる未来の姿が多すぎて情報過多だそうだ。おかげで少しでも魔法を発動させたら、処理に魔力を食われて魔力不足になるんだと」

 魔力不足になると、頭痛になるらしい。二日酔いにも似た辛さだと、女史先生が話していた。俺は魔力不足も二日酔いも経験したことがないから、よくわからないのだけれど。

「こっちはまあ、そんなところだな。ところで孝昭の方はどうだ、彼女くらいは出来たか?」

 おい待て先輩。

「別に彼女を作るつもりは無いですよ」

「隠さないでいい。何せ此処は栃金崎高校と比べると、圧倒的に女子比率が高い。孝昭でも、彼女の二人か三人はすぐに出来るんじゃないか?」

 おい待て先輩。確かに此処は男子対女子の比率が一対四位。しかし彼女の人数がおかしいだろう。

「そもそも彼女二人か三人なんて、どういう状態ですか」

「ハーレムは男子の夢だろう」

「あんなのは、異世界物のラノベと漫画だけの話です」

 だいたいそんな事、女性でもある先輩が言うものじゃない。

「何か本当にその気は無さそうだな。ひょっとして同性好きとか、異種とか二次元が相手でないと萌えないとか、そういう奴か」

「単にその気がないだけですよ。それだけです」

「ならここは不肖私が一肌脱いで、孝昭に甘美な世界を教えることにしようか。一肌と言わずもっと脱いでも……」

「やめてください!」

 言って思わず自分ではっとする。まわりの目が俺を向いていた。

 しまった、強く言いすぎた。

「すみません。言い過ぎました」

 先輩に頭を下げる。

「いや、こっちこそ悪ノリしてしまってすまん」

 さっと水に流してくれて助かった。

 しかし何故今、俺はむきになったのだろう。自分でもよくわからない。

 とりあえず話題を変えよう。

「それじゃアンケート、先輩の教えに従って回答しておきます」

「自分の意見はどうしたんだ?」

「人の意見を採用するというのも、自分の判断です」

 この辺は茜先輩に鍛えられた成果だ。鍛えられたというか、放課後同じ部屋で二ヶ月半一緒にいたのだ。言い返す技能が鍛えられるのも当然だろう。

 とまあその場は話の後、ハンバーガーセットを食べ終えて別れた。


 しかし俺らしくなく目立ってしまったせいだろうか。その後があった。ちなみに今度の相手は茜先輩でもなければ緑先輩でもない。

 夕食の時間は午後五時から午後七時までの間。食堂で食べるか、喫茶店で食べるか、売店で弁当を買って食べるか。

 どれも入学時に渡されたICカード決済で、扱いも変わりない。しかしコストパフォーマンス的には食堂がいちばんいい気がする。

 だから午後六時、食堂へと行ったのが敗因だった。

 夕食にカツ丼とサラダをチョイスして会計を済ませた後。何処に座ろうかなとテーブルを物色していた時だ。

「おっ川崎、こっちこっち」

 声の方を見ると、同じクラスの須崎さんが手を振っている。更にその周囲を確認すると、同じクラスの女子五人ほどが、テーブル一つを占拠していた。

 女子はこういう処でも群れるものなのだろうか。男子はいないので行きにくいけれど、呼ばれたからには仕方ない。そんな訳でテーブルの空いている場所に自分のトレーを置いて座る。

「川崎は夕食は一人なの?」

「その方が時間を自由に出来るしさ」

 塩津さんにそう返事して、食べ始めようとした時だった。

「あの綺麗な人は一緒じゃ無いの?」

 塩津さんからそんな事を言われる。

「それって誰だ?」

 そんな相手におぼえはない。

「あの背の高いすらっとした人。今日も放課後喫茶室で会っていたのを見たよ」

「そうそう、何か痴話喧嘩していたみたいだったけど」

 塩津さんと須崎さんの言葉で、やっと誰の事かを悟る。茜先輩だ。

「あれは同じ高校の先輩」

「それだけかな。確か初日も喫茶室で会っていたよね。それに何か今日は剣呑な雰囲気だった。あれって普通の関係じゃああならないよね」

 しまった、あの時の事まで目撃されていたか。

 我ながらあの時の自分をぶん殴りたくなる。何故あれほどむきになって拒絶したかは未だに自分でもわからないけれど。

 とりあえず誤魔化そう、いや本当のところを話して理解して貰おう。

「でも先輩とここで会ったのは、今日で二回目だ。あとは初日に会っただけ」

「本当かな」

「実際それだけだ」

「でもあんなに綺麗な人なのに?」

「そう言われてもな」

 何せ茜先輩は茜先輩だとしか思っていなかった。だからそういう目で見た事はないし、そういった意識もしたことがない。

「でも普通、学年上の先輩と知り合いなんて事はあまりないじゃない。やっぱり何かあるんじゃないのかな」

 納得してもらうには、もう少し詳しいことを話す必要があるようだ。

「同じ研究会の先輩後輩って奴だ。魔法が発現した後、先輩達が魔法研究会ってのを作ってさ。ここに来るまでそこに俺もいただけだ」

「それって……」

 勘弁して欲しいと思うが、質問が続く。俺も誤解を避ける為、出来るだけ正しく答えざるを得ない。

 今日は弁当にするべきだった。そう思ってももう遅い。根掘り葉掘り聞かれてそれに回答してを繰り返す。

 それでも最後には、何とか先輩は彼女では無いと納得して貰えたと思う。それまでに約一時間を要してしまったけれど。

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