第5話 旅立ちの決定
小中時代と違い、休み時間には級友と駄弁ったりしつつ、放課後は魔法研究会で猛勉強。
そんな良好な環境のおかげか、六月十五日の全国学力調査はいい感じで出来た。
まあ本来は『学力調査』。これで選抜するなんてことを知っている高校生は、ほとんどいないだろう。
しかも学力調査の問題には、魔力がある人間にしか読めないものが含まれていたらしい。俺はどれが読めなかったのか、気づかなかったけれども。
結果的に俺は無事合格。ついでに言うと茜先輩も緑先輩も合格。
しかしその後の日程が、かなり急だった。
まずは『学力調査』から一週間とちょっと経った六月二十四日月曜日の四時限目、英語コミュニケーションⅠ担当の助川先生が、出席を取った後、俺にこう告げた。
「川崎はこの授業が終わったら、一緒に職員室に来てくれ。悪いことじゃないから安心していい」
職員室に行ったら茜先輩と緑先輩がいて、そのまま三人で学校長室へ。
十五日に受けた学力調査が、実は新たに出来た魔法教育・研究機関の選抜試験を兼ねていたこと。入校すれば幾つかの特典があること。スケジュールが詰まっているので明日朝には希望するかどうかを決め、一時限目の前に職員室に行って担任に報告すること。
そんな説明を、校長から直々に受ける。
明日二十五日に希望する旨を報告して、そして二十六日にはもう入校するため、私物を持って集合場所へ行くという日程だ。
教室に戻ると、早速内海と小川に取り囲まれた。
「いきなりの呼び出し、何かヤバいことでも起きたのでござるか?」
集合場所や集合時間などを言わなければ、転校すること自体については口外してもかまわないと説明があった。だから俺は、素直に返答する。
「急だけれど転校することになった。ニュースなんかでもやっている、あの東大付属の魔法教育機関だ。ここに通うのは明日までになる」
一気にひととおり説明つつ弁当を取出し、思い切りかっ込む。説明が長かったので、授業開始まであと十分ちょいしかない。
「いきなり連絡で、明日にはさよならなのか」
「あまりに急なスケジュールでござるで候」
「マスコミ対策じゃないか?」
確かに小川の言う通りかもしれない。学校を作ったという話そのものは、既にニュースで報道されている。
「あれって名前と組織、設立だけはニュースで流れておるが、場所も規模も不明なのでごじゃろ。川崎も箝口令を敷かれているのではござらぬか?」
「集合の日時は話すなと言われた。それ以外は俺もまだ知らん」
ニュース等で明らかになっている名称は『東京大学大学院新領域創成科学研究科附属秩父中等教育学校』。それ以外については内海の言った通り具体的な発表はない。
しかしこの名前以外は、具体的な発表はない。強いて言えば先程の説明で、
〇 学費と生活費が全部国から出る事
規定進路通りなら大学院博士課程修了時までこれらの費用は保証される事
〇 全寮制である事
〇 東大に推薦入学制度がある事
といったあたりが未確認情報として流れている程度である。
「何か面白そうだよな。魔法使い専用学校って。ホグワーツみたいなものか」
学校の名称には魔法とは一言も入っていない。ただ一応魔法に関する研究の為の学校という事は公表されている。
だから記憶の無い一般には、多分そんなファンタジーなイメージになるのだろう。そこは入る側として意見を言っておこう。
「あんなファンタジーな物じゃないだろう、どうせ。だいたい箒で空を飛ぶなんて、ただの作り話だ。俺の記憶にもそんな方法は無い」
「なんだ、魔法使いといっても飛べないのでごじゃるか?」
内海が明らかにがっかりした表情をした。
「前も言った筈だ。俺は炎や水が出せるくらい。あとは量が少なければ温度を上げ下げ出来る程度だ。記憶の中でも、箒のような簡便な飛行装置は無かったな。それなりに大げさな装置を使えば飛べない事も無いけれど、それじゃヘリとか飛行機と変わらない」
「ううむ、飛べない豚は、ただの豚なのでおじゃるな」
何だそれ。
「その台詞、何の意味があるんだ」
「ただ言ってみたかっただけで候」
そう言えば、内海はそういう奴だった。
「正確には『飛べねぇ豚はただの豚だ』よ。『紅の豚』の、ポルコ・ロッソの台詞」
なるほど、森川さんの解説がないとわからない。
「森川さん、こんな奴ですが内海をよろしくお願いします」
「川崎は草葉の陰から見守って欲しいでおじゃる」
「勝手に殺すな」
こいつらと別れるかと思うと少し寂しい。今日までまだ三ヶ月経っていないけれど、それなりにこのクラスは気に入っていた。妥協して入ったにしてはだ。
だが今度はいよいよ地元を離れられる。そういう意味での期待は大きい。
もちろん不安もある。何せ秘密事項が多すぎるのだ。
「それにしても学校、何処なんだろうな」
「行けばわかるのでおじゃるよ。我らには行先は言わずともよいが、行先はもう知らされているのじゃろ」
内海の台詞に俺は首を横に振る。
「残念ながらまだだ。荷物は下着を含め着替え数日分があればいいと言っていた。他に荷物がある場合は、東京大学の事務所に送ってくれだそうだ」
「何故に秘密なんだろうな」
「やはりマスコミ対策でおじゃるかな」
その辺は俺にもわからない。
「心配する事は無いだろう。国がやる事だ。しかも新規に。施設が貧しいとか言われた事と実態が違うとか、そういう事はないと思う」
小川が少し安心させるような事を言ってくれる。
「それに場所はどうせバスで行く途中わかるよね。まさかカーテンを下ろして開けるなという事はないだろうしね」
「スマホも持ち込み可なんだよね。ならどうせGPSで場所はわかる筈よ」
森川さんと西場さんも加わった。どうやら話を聞いていたらしい。確かにその通りだな。そう思ったところで、内海が悪そうな笑みを浮かべる。
「実はGPSも携帯電波も通じない魔界のようなこの世ではない場所で、自衛隊体育学校も真っ青になるような恐怖の魔法特訓が待っている、とかだと面白いでおじゃる」
「なに無茶苦茶言っているの内海は」
バシン!
森川さんがノートを丸めた奴で内海の頭を叩く。この光景も今日が見納めか。
「森川さん、内海をよろしく頼みます」
「ああ、川崎も草葉の陰から見守っていて欲しいで候」
だから内海それは故人用の台詞だ。わかって使っているのだろうけれど。
「勝手に生きている友人を殺すな」
バシン!
俺の代わりに森川さんが再度、内海の頭をひっぱたく。こっちが本当の見納めかな。
「まあ向こうが落ち着いたらメールでも出すから」
「検閲されて出せなかったり、通信が一切不可能になっていたりするかもしれないでおじゃる。そして脱出しようとするとオレンジ警報が発令されて、不気味な音とともに白い球体が……」
「プリズナーNo.6かい!」
森川さんのノートがまたいい音を出す。しかし今のやりとり、意味がわからない。
「西場さん、今のネタは何なんだ?」
俺の代わりに小川が西場さんに聞いてくれた。
「昔のイギリスのドラマよ。二人ともああいうのが好きだから」
そんなの部外者がわかるわけは無い。
どうやら先程、俺が森川さんに言った台詞は間違いだったようだ。だから俺は正しい相手に正しく言い直す。
「西場さんすみません。大変だとは思いますが、そこの二人の監視と管理をよろしくお願いします」
「仕方ないわね。腐れ縁だから」
その腐れ縁という言葉に、また何か心の奥が反応した。しかしそれが何故か、俺にはまだわからなかった。
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