第2話 校舎裏、告白かと思ったら“推し活デート”でした
「有馬くん、もう上がっていいよ。あと、今日クレーマー対応できなくてごめんね」
事務所の奥で、店長が申し訳なさそうに頭を下げた。
僕は「全然大丈夫です」とだけ返し、軽く会釈して事務所を出る。
心に引っかかっているのは――あのクレーマーのことじゃない。
白瀬さんが、僕と同じ学校……しかも同じクラスかもしれないという事実。それだけだ。
※
翌朝。
まだ教室はガランとしている時間帯、僕は早めに登校してラノベを開いていた。
視線は文字を追っているが、頭の中は昨日の出来事でいっぱいだ。
――同じクラスなら、改めてお礼を言わなきゃ。それに……いろいろ話したい。
本の表紙を指先で撫でながら、どんなふうに声をかけるかを何度もシミュレーションする。
完全に“白瀬さんのこと”で脳内が埋め尽くされていた。
「お! 一番乗りだぜ!」
勢いよく教室のドアが開き、陽キャ男子たちがぞろぞろ入ってくる。
和気あいあいとした笑い声に、僕は慌ててラノベを再び開いた。
――よりによって今!? もう少しだけ考える時間が欲しかったのに!
「ちょっと司(つかさ)〜、一番乗りじゃないじゃん。あそこに一人いるし!」
女子の明るい声と、男子の笑い声。
……待て。今の声――陽キャ女子。じゃあ、まさか――。
「なーに見てんの?」
頭上から降ってきた、柔らかくてどこか茶目っ気のある声。
聞き覚えのある響きに、僕は思わず変な声を出し、その場で椅子ごと転げ落ちた。
「おはよ、有馬っち」
顔を上げれば、銀色の髪が朝日を受けてきらりと光る。耳には小さなピアス、青灰色の瞳が穏やかに笑っていた。
改めて――やっぱり綺麗な人だ。
心臓が、変なリズムで跳ねている。
「あー、紗良が男の子いじめてる〜」
別の女子が近づいてきて、からかうように声を上げる。
「ごめんごめーん……えーっと、名前なんだっけ?」
困ったように僕を見る女子。
――まぁ、覚えられてないよな。僕はクラス内ステルススキル全振りだから。
そこで白瀬さんが、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、有馬っち、私の友達に自己紹介してみてよ」
「じ、自己紹介!?」
――何言ってんだこの人!? 僕が陽キャグループ相手に自己紹介!? しかも楽しそうに笑ってるし!?
おそるおそる立ち上がり、その女子の前に立つ。
やるしか……ない。
「あ、有馬蓮でふ! このクラスの人間で、けっして怪しいものでないでしゅ!」
……終わった。自分でもわかる、全力でキモい自己紹介だった。
頭を深く下げたまま、これで平穏な学園生活は終了だと悟る。
「紗良!」
「なに?」
「この子めっちゃ面白いじゃん!」
「でしょー?」
……え? 面白い?
恐る恐る顔を上げると、その女子――須藤(すどう)さんは笑顔で手を差し伸べてきた。
「アタシは奏(かなで)、よろぴ!」
「よ、よろぴ?」
「“よろしく”って意味。奏〜、有馬っちはなんとうちの元バイト先の後輩なんだよ!」
「マジ? それ超エモいじゃん!」
須藤さんがはしゃぎ、白瀬さんはドヤ顔を決める。
――これ、気に入られたのか? それとも完全にからかわれてるだけ……?
「おーい! 何話してんだよ、売店行こうぜ!」
陽キャ男子が教室の入り口から手を振る。
須藤さんは返事をして歩き出し、白瀬さんも続こうとする――その時。
「ねぇ、有馬っち」
振り返った白瀬さんが、小声で囁く。
「放課後、校舎裏に来て」
「――ッ!? え? えええ!?」
「待ってよ奏、私も行くから」
僕の混乱を置き去りに、白瀬さんは軽やかに教室を出て行った。
……な、なんだ今の。校舎裏に放課後って……告白? いや違う違う、恐喝だ恐喝!
※
放課後のチャイムが鳴る。
――お金、いくら持ってきたっけ。
財布を確認すると三千円。ラノベの新刊を買う予定だったが……これも“お礼代”だと思えばいい。
渡り廊下を抜け、靴を履き替え、薄暗い校舎裏へ。
影が長く伸びるその場所には、まだ誰もいない。
「……帰るか」
小さく呟き、踵を返しかけたその時――。
「先に来てたんだね。私が先を越されちゃうなんて」
前方に立つ白瀬さん。いつもの賑やかな取り巻きはいない。
柔らかな笑みを浮かべたその表情に、一瞬、息が詰まる。
夕日が白瀬さんの銀髪を照らして、いつもより綺麗に見えた。
「あ、あの!」
「ん?」
「昨日はありがとうございました! 凄く助かりました!」
「助かった? 私、何かしたっけ?」
「いや、昨日変なクレーマーから助けてもらって……すごく嬉しかったです!」
緊張で早口になる。白瀬さんは少し目を丸くして、それからふっと笑った。
「あー、あれね。気にしないで。私も見てていい気分じゃなかったから」
その後、二人の間に沈黙が落ちる。
――何だ、この空気。妙に胸がざわつく。
「ねぇ有馬っち、なんで私が校舎裏に呼んだかわかる?」
「……恐喝、ですよね!」
「……は?」
「え、違うんですか!?」
「違うかなー? 有馬っち、多分すごい誤解してる」
白瀬さんが呆れたように笑う。その笑顔に、少しだけ緊張がほどけた。
「じゃあ、何で……」
「今日が何の日か、わかる?」
「――ッ!? ……『ヒーリング』の漫画の新刊発売日!」
「そういうことだよ、ワトソンくん」
得意げな笑みとともに、白瀬さんは財布を取り出す。
そこには、『ヒーリング』のケンヤのストラップが揺れていた。
「オタクデートしない? 有馬っち」
――デート。
その単語が頭の中でぐるぐる回る。
心臓が、さっきよりもっと激しく跳ねた。
白瀬さんが嬉しそうに笑って、僕の手首を掴んだ。
――これって、もしかして。
僕の青春が、今、始まったのかもしれない。
後書き
モチベーション維持のため、週2回投稿!
投稿時間は夜 21時か22時ごろ!
基本的に火曜日と金曜日に投稿します!
よろしくお願いします!
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