祈りの果て、救済の奴隷
影森 蒼
淑滅の魔女
憎悪、悲哀、憤怒。
彗星のように現れ、消えゆく人間たちは負の感情に溢れています。
私は悠久の時を生きる魔女。
感情の起伏は苦しみですから、どうか私の手を取って下さい。
人々の苦悩の救済、それが私が生という状態を選ぶ理由ですから。
淑滅の魔女として生きる者は、ありし日に重ねられた手に残った温もりを胸にそっとしまい込んだ。
何百年前の夢だろうか。
私が人と共に暮らしていた頃の記憶。
親しくしていた彼が不治の病に冒された。
病原だけを消滅させる技量がない自身を酷く呪った。
魔法で治療することのできない私を彼は決して責めず、側にいてくれるだけで嬉しいと言って涙を流していた。
他人を慈しみ涙を流すこと、これが数ある愛の形の一つであると理解したのはこの時である。
それから二年、三年、月日を追うごとにどんどん衰弱していく彼を見ていられなかった。
とうとう言葉を発する体力も彼には無くなった。
今まで薬や食べ物を恵んでくれた人たちも次第にここへは足を運ばなくなっていった。
誰も救ってはくれない。
その事実が胸の奥でじわりと熱を持ち、悲しみでも怒りでもない何かが、私の中で形を変えていく。
この時、初めて神に祈りを捧げたが、それが無意味であることなど分かりきっている。
彼は今、苦しんでいる。
誰かが救済しなくてはいけない。
「私はずっと貴方の側にいます」
彼の前に手を差し伸べると私の手をとって一粒の涙を流した。
「大丈夫ですよ。炎が静かに灯を手放すように、あなたの痛みもゆっくりと光へと還っていきます」
彼は最期に手をとっていない方で私の頬に触れた。
そこで初めて私が涙を流している事に気づいた。
言葉を紡ぐ時には既に彼の肉体は消滅し、衣類の抜け殻だけになっていた。
彼がいたところは今もなお暖かかった。
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