第10話 江の島での告白

「いや~、江の島って琵琶湖みたいだよね~。全然似てないけど、なんか懐かしくなるよね~。」


「だね~。全然似てないけどね~。」


今日は麗華・・・ではなく莉子と江の島に来ている。

去年の秋、莉子と先に舞浜のテーマパークに行った効果は絶大だった。

心に余裕ができたのか、麗華がテーマパークで「これ、懐かし~」「好きだったんだこれ~」と、前の『亮くん』の影を思わせる発言をしても、前よりも気にならなくなった。


しかも意外だったのは、僕が案内した場所で「えっ?これ知らなかった!」とか「初めてだこれ~!」という言葉もいくつか引き出すことができたのだ。


おそらく、これまでは性格が少し違うとはいえ、同じ僕が同じ麗華の好みを考えて準備してきたから、知らず知らずのうちに似たような感じになってしまったのだろう。

しかし、莉子の視点が加わったことで、マンネリを打破し、麗華に新鮮な印象を与えることができたに違いない。


この成功に僕はすっかり味をしめて、その後も麗華とのデート場所の下見に莉子を誘うようになった。今日はその一環で江の島に来ている。


海が見えるカフェのテラスで春風に吹かれながら、この店は麗華が好きそうだな、麗華もここから海を見て琵琶湖懐かしいって思うのかな? 


毎日琵琶湖見てるわけだしそんなこと思わないか・・・なんて考え事をしていると、莉子が口を尖らせながら、不満そうな視線を向けてきた。


「ねえ、聞いてる~?」


「ああ、うん。聞いてる。同じサークルの・・・安原くんからも江の島に誘われてたって話でしょ?」


「・・・聞いてたならいい。それでね・・・。」


莉子は少しだけ憮然としたけど、すぐに機嫌を直してしゃべり始めた。


正直、麗華とのデートの下見のためにこんなに連れ回して迷惑をかけてないかなと思うこともある。

でも、僕が誘うといつも二つ返事だし、向こうから「デートに良さそうな場所があったよ」と誘ってくることもある。

下見の場所でも、いつもはしゃいで楽しそうに見える。


「・・・・・えっ?なに?」


「いや、何でもない。サークルの話だっけ。」


「違う!何で彼氏できないのかなって話!」


ちょっと考え事しながら莉子を見つめていたら、いつの間にか話題が変わっていたらしい。莉子がぷんすか怒っている。


思えば莉子もだいぶ変わった。高校の時はメガネに黒髪でいかにも真面目って感じだったけど、今ではすっかりおしゃれな大学生になった。

明るい栗色のミディアムロングの髪は柔らかそうだし、大きな瞳にナチュラルなメイクがよく似合って、ぱっと見だとアイドルみたいなかわいらしさを感じる。

気遣いもできるし、話していても楽しい。最近では高校の時の不愛想さが嘘みたいに、いつも機嫌よくニコニコ笑っている。


・・・・今の莉子だったら男子人気は高いはずだし、彼氏ができてもおかしくない。いや、いない方がおかしいくらいだ。


「まあ、確かに不思議ではあるかな。」


「はっ?なに?今は高校の時の話をしてるんだけど・・・。ちゃんと聞いて!」


どうやら、また話題が変わっていたらしい。今日の莉子の話はコロコロ変わって方向性が見えない。

集中して聞いた方がいいかもしれない。


「・・・・つまり、高校3年生の時にちょっと疎遠になっちゃったけどさ、今はまた仲良くしてくれて嬉しいって話!!もう、そんな急にじっと見つめないでよ!」


彼女は僕から視線を逸らして海の方を向き、顔を真っ赤にしている。


迷惑かけてるかもしれないと心配していたけど、そう思ってくれていたのか・・・ありがたい。僕も感謝の言葉を伝えないと・・・。


「僕も・・・また仲良くしてくれて嬉しい。東京に出て来た時も心強かったし、こうして色んなところについて来てくれるのも助かってる。ありがとう・・・。」


彼女はまだ海の方を向いたままだけど、たまに横目でチラチラとこちらに視線を送ってくる。


「・・・・あっ、あのさ・・・。これは・・・ずっと黙っておこうと思ってたんだけど・・・。」


彼女の視線はまだ海の方を向いたまま。急にキョドり始めたし、もしかして海に何かあるんだろうか?

僕も海に視線を向けたけど、その先には観光客でいっぱいの江の島と、何艘かのヨットが浮かんでいるのが見えただけだった。


「・・・・高校2年の時からずっと好きだった。3年生で城ケ崎さんと付き合うようになってあきらめたつもりだったけど、また仲良くしてくれるようになって、それで・・・。」


「あっ・・・えっ・・・?」


耳を疑って彼女の方を見ると、今度は視線を落とし、小さくなりながら耳まで真っ赤になっていた。


「ち、ちがうの!城ケ崎さんがいることはわかっているから、付き合って欲しいとかそういうことじゃなくて・・・・これからも友達として一緒に遊びに行って欲しいなって意味で・・・。」


彼女は目を閉じながら慌てて首を振っている。

ああ、そうか。友達としてか・・・それなら・・・と無理に思おうとしたけど、いくら鈍い僕でも、莉子が言っている意味がわからないなんてことはない。


彼女は首を振るのをやめ、目を開き、そのまま、うなだれるような感じで上目遣いをしながら、ぽつりと、しかしはっきりと僕の耳に届くようにつぶやいた。


「・・・・でも、もし・・・万が一、城ケ崎さんと別れることがあったら・・・その時は私のことを思い出して欲しいなって・・・・。」


彼女からその言葉を聞いた後のことはよく思い出せない。

カフェを出て長い階段を登って江ノ島神社に行ったはずだし、その後、夕飯を食べて一緒に最寄り駅に帰ってきたはずだ。

江ノ島神社でおみくじを引いて大吉が出たと言って大げさにはしゃぐ莉子に何か声を掛けていた気もする。

でも、まるで音を消したテレビを見ているように、すべて現実感がなかった。


ただ、僕が彼女の言葉をきっぱり拒否しなかったことは覚えている。


「気持ちは嬉しいけど、麗華が大事だから無理」、はっきりとそう伝えるべきだったのに、なぜか言えなかった。


そんな罪悪感からか、その日の夜の麗華との通話では、いつもよりもテンションが高くなってしまい、「亮くん、今日なんかいいことあった?嬉しそう。」なんて言われてしまった。

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