月であなたに会えたなら

すみす

第1話

湖のほとりに、少女がひとり、座っていた。

白い霧が水面を包み、月が静かにその輪郭を滲ませている。


「……また来たの?」


水の底から、柔らかな声がした。

少女は微笑む。


「うん。あなたに会いたくて」


やがて水面が揺れ、月の光をまとった青年が姿を現した。

髪は銀色に透け、瞳には夜空が映っている。


「人の身では、もう長くはいられないよ」

「わかってる。でも、もう一度だけ会いたかった」


少女はそっと、湖に手を伸ばす。

水の冷たさの向こうに、青年の指先が触れた気がした。


「あなたがいなくなっても、月を見上げるたび思い出す。

 だから、わたしは寂しくない」


青年は少し笑った。

「僕は、君の涙が落ちた夜に生まれたんだ」


少女の瞳が揺れる。

あの夜、愛する人を失った湖畔で泣いたことを、彼は覚えているのだろうか。


「……もう泣かないで」

青年の声が、風に溶けて消える。


次の瞬間、水面がひときわ強く光った。

少女が見上げた月は、滲んで揺れていた。


掌には一粒の光。

それは、涙とまじった最後の「月の雫」だった。


朝が来るころ、湖は何もなかったように静まり返っていた。

けれど、波の奥で微かにきらめく光が、まだ彼がそこにいることを教えていた。

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