第22話、王都

「主人からは一カ月以上前に手紙でアベル様の事を知らせて来ておりました。王都に向けて出発されたので、徒歩だと言っても一月半ひとつきはんもあれば到着されるだろう、そこでもし商会を訪れる事があったら、丁重に持て成すように。と」


「それが、二月ふたつき経ってもそれらしい人物が訪れるどころか、王都に入ったと言う話も聞きませんでしたので、もしや……とも」


 あー、途中で逢ってましたね『もしや』。


「すみません、色々あって寄り道とかしていたんで遅くなってしまいました」


 僕が頭を下げて謝ると、とんでもないと頭を下げられる。


 クーッ。


 ここで、可愛らしい音が隣の腹ペコさんのお腹から聞こえてきた。


「あう……お腹すいた」


 エバ夫人は優しく微笑んで「ごめんなさいね、お食事にしましょう」と言ってジーンさんに合図をする。


「おおおおーっ」


 次々に運ばれてくる食事。


 肉に、魚に、野菜。焼き物に煮物、蒸し野菜に手間が掛かりそうなコンソメスープに、デザートも見える。


「召し上がって下さいな。王都は各地から新鮮な肉や野菜が手に入ります。魚も定期的に入ってきますので、どれも美味しいですよ」


 暫くはワイルドな食事ばかりになっていたので、こんな風に精細な味付けの食事は久しぶりだ。


「猫ちゃんも……居るとお聞きしていたのですが?」


 奥様の目線の先には、床に置かれたトレーに魚や肉が小さめにカットされた物が用意してあった。


「えっと……それでは」


 何となくコンドールさんの所だったら大丈夫かな、と思い。イヅミを呼び出す。


「にゃー」


 現れたイヅミを見て、奥様の顔が蕩ける。


 あー、猫派だったのですね。


 僕らが食事を始めると、奥様も一緒に食べたのだけれど、奥様はイヅミをずっと微笑ましくみていた。


 食事が終わり、お茶とデザートまで頂いてお腹いっぱいまでご馳走を堪能。隣では、ニヤが最後の一個と言ってデザートを選んでいる。


「そんなに大変な事があったのですね」


 僕は、ここにくる途中の出来事を奥様に話していた。もちろん魔族に合った事は隠している。山で遭難し、熊(魔族)に追われて逃げた先は、場所も分からず。自分たちの居場所を何とか途中の村で聞いて、王都に向かう街道に出るまでに随分と掛かってしまったと言うストーリーだ。


「はい、ですけど、お陰で冒険者としてはいい勉強になりました」


「ご立派ですね。どうりで主人に聞いていたより大人びた素敵な男性に見えますよ」


 はうっ! 妙齢の女性に素敵な男性と呼ばれるなんて……コンドールさんの奥さんでなければ恋に落ちてしまいそう。


「主人には、冒険者ギルドから早馬の手紙を送っております、十日もすれば届くでしょう。手紙を読めばあの人も安心すると思います」


 そう言って、左手の指輪を優しく撫でる。


「どうして、王都と向こうで別れて暮らしているのですか?」


 寂しそうにしている奥さんを見て。余計な事だと思ったけれど、思わず聞いてしまった。


「本当は一緒に暮らしたいのですが、主人はグリードル子爵様にずっと恩を感じていて、あの土地を離れたがらないのです。今回の件は、その恩をかなり返せたと思いますし、主人もホッとしている事でしょう。私からもお礼を申し上げます、ありがとうございます」


 そう言って、また深々と礼をされる。


「いえいえ、本当に大丈夫です! 謝礼も十分に頂いてますし、グリードル子爵様からは客人の印まで頂きましたので」


 それを言うと、奥様からは目を丸くして驚かれた。

 やっぱり客人扱いと言うのは余程の事なんだ、あの印は収納に入れて普段は出さないようにしよう。


 その後は、ニヤが眠そうになっていたので解散となり、寝室へと案内された。


 イヅミも、編み籠にクッションが入ったベッドに座って気持ちよさそうだ。


「イヅミもたくさん食べてたな」


「……」


「どうした? イヅミ?」


 イヅミは、クッションに座ったまま何かを考えている。


「アベル、何か気にならないか?」


 イヅミが聞いてきた意味が分からない。


「え? 何が?」


「何というか……平和過ぎる?」


「?」


「食事もそう、あんなに沢山のご馳走が用意出来るだなんて。これまで通った街では無かったもの」


 イヅミは、いつの間にか人の姿になっていた。


「魔物の話しも聞かない、王国の端では魔族や魔物と戦っている人たちがいると言うのに、そんな話しも聞こえて来ない」


「でも、魔物が出るのはもっと南の方なんでしょ?」


「だけど。ここまで豊富な食べ物があって、人々が安心して暮らせているのは、何かおかしいと思わない?」


 イヅミの言っている事は分かる、けれども。


「僕たちは王都に来たばかりだ、もっと王都の中を見たり聞いたりすれば何か分かるんじゃないかな? 明日から街を歩いてみようよ、それでいいだろ?」


「分かったにゃ」


 イヅミは、猫の姿に戻るとクッションに丸くなって寝てしまった。


 そう言えば、王都に新しい勇者が来ている筈なのに、そんなムードもないし。それに、どうしてイザベッラは勇者が誕生して王都にいるって知ったんだろう?


 そんな事を考えながらも、久しぶりのベッドの感触に僕は睡魔に負けて眠りに落ちた。

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