第10話、街のギルド

 駅馬車が街に到着すると、他のお客さん達は真っ先に馬車を降りて行った。面倒事には付き合いたく無いのだろう。街の入り口の門兵さんに峠での出来事を話すと、やはり数日前にあの峠で大規模な賊の討伐があったそうだ。生き残りがいた事を説明すると、取り敢えず兵舎に呼ばれて調書を取られた。だけど、生き残りが獣人で奴隷だと分かると、冒険者ギルドか奴隷商へ行けと言われて取り調べも簡単に終わってしまった。


「と言う訳なんですよ……」


 今来ているのは冒険者ギルド、付いてきたのは冒険者さんだけで御者のアイザックさんは二人に任せると言って馬の世話に戻ってしまった。


「確かに、三日前にあの峠では大規模な賊の討伐が行われました。首領も捕まえて、隠れ家も全て調査が終わっております。そこに獣人の奴隷が残っていたとは考え難いのですが、本人もそう言っているようですし。とにかく調べてみますね」


 そう言って受付の人は奥へと入っていた。


「僕たちは……」


 置いて行かれた僕たちは何をすれば良いのかと思っていたら。


「アベルは冒険者登録を済ませておいたら良いのではないか?」


 と冒険者さんからのナイスフォローが。


 さっきから目を合わせないようにしていたのだけど。隣の受付に、何故か暇そうにしているゴツいおじさんがいる。回りを見ても、空いているのは隣のカウンターだけ。


「すみません。冒険者登録をしたいのですが」


 恐る恐る声を掛ける。ゴツいおじさんは、削っていた爪の粉をフッと吹き飛ばして僕の事をジロッと見た後。


「あん? ゴルタ、お前の子か?」


 そう言って、僕の頭の上に話しかけた。


「俺に子はいない、コイツはアベル。峠の向こうの町から成人して出てきたばかりの素人だ、登録だけ頼む」


 どうやら、後ろにいた冒険者さんに聞いていたようだ。


「だよな……そら、この紙に分かる所だけ書いて埋めろ。最悪名前だけでもいいぞ」


 そう言って紙と羽ペンが無造作に差し出される。


「字は書けます」


 馬鹿にされたと思って、ちょっとムキになって答えたけれど。


「えーっと?」


 その紙には、名前の他に。レベルやスキル、特技、出身地を書く欄があった。


「スキルや特技はなんで書くんですか?」


 僕がおじさんに向かって聞くと。


「まあ仲間が欲しい奴は書くが、大抵は知られたくないから書かねえな」


「ですよね。出身地は?」


「それは、何かあって連絡しなければならなくなった時に、どこの誰だか分からなければ困るだろう」


「何か」って何か聞こうと思ったけれど、この場合の「何か」って、きっと死んだ時の事だよね。


 僕は少し考えてから、必要な部分を紙に書くとおじさんに渡した。


 おじさんは紙をチラッと見ると「フン」と言って、後ろの書類棚に紙を入れ。手元の引き出しから小さな木片を取り出すと器用に何かを彫り始めた。


 シュッ! シュッ! シュッ! シュ!


「そら、お前の冒険者証だ紐で結んで首から下げとけ。無くすんじゃねえぞ」


 そう言って渡された木片には、この国の文字で「アベル」ランクFと彫られていた。


 冒険者証、これで僕も冒険者だ!


 僕が、冒険者証を手に目をキラキラさせていると。おじさんが一言。


「そいつを持ってても、狩は出来ねえからな」


「どう言う事ですか?」と、おじさんに聞き返したら。


「ゴルタ、教えといてくれや」と言って席を立つと、奥へと消えて行ってしまった。


 冒険者さん……ゴルタさんも、何言ってんだアイツ。みたいな顔をして受付のおじさんを見送っていると。さっきの受付の女の人が戻ってきた。


「お待たせしました。結論から言うと、その奴隷は登録が消えていますので持ち主無しになります。新たに登録させるか奴隷商にでも売り払われますか?」


 僕は「どう言う意味?」とゴルタさんの顔を見ると。


「言われた通りだ。俺は奴隷なんぞ要らん、お前が欲しければ登録すれば良いし、不要なら奴隷商に持ってゆけば買い取ってくれるぞ?」


「あ、あー。じゃあ僕が登録しても良いですか?」


 仕方なさそうに、誰も必要で無いなら僕が貰っても良いですよ的に言ってるけれど。内心は……やった! 勇者になるなら仲間が必要だよね。奴隷なら裏切られる心配もないし、実は隠された能力なんかがあって将来凄い力を発揮するとか……何とか妄想していました。


「問題は無いが、世話はどうするんだ? 飯や寝る場所も必要だぞ?」


 そのやり取りを聞いていた受付の女の人が「冒険者登録をされたのですよね? それでしたら、ギルドの宿が百日間は格安で泊まれます。奴隷は同室になりますが、床にでも寝かせれば二人でも大丈夫ではないですか? 食事は、頑張って調達して下さい」


 と言う説明を受けて、ギルドの宿を取って貰う事にした。まあその前に、このボロ布の主を奴隷商で僕の名義に登録しなければならないのだけれど。


 幸いな事に、奴隷商まではギルドの人も付いてきてくれると言う事で、ここでゴルタさんとは別れ。僕とボロ布の主とギルド職員さんは奴隷商へと向かった。


 奴隷商で何か面倒な事でも起こるのかな、と思ったけれど。そこはギルド職員さんも一緒にいるし、登録が消えた奴隷の再登録だけで簡単に終わったけれど、帰り際に「不要になったらいつでも買取りますよ」と嫌らしい笑顔で言われたよ。


 そして、冒険者ギルドへ戻ってきた僕たちは。受付でまたあの紙を目の前に出されて。


「登録奴隷の名前をここに記入して下さい」と、最大の難問を出されてしまった。


「名前かあ……何かある?」


 ボロ布の主は、首を横に振っている。


 僕、こう言うの苦手なんだよなー。と言うか、君は何の獣人なのかな?


 特徴の分かる耳や尻尾は切り取られていて分からないし、辛うじて背中の毛は茶色だったけれど、手や足は普通の人の変わらないし。


「君は、犬族?」


 首を振る。


 違うのか……。


「ネコ?」


 一瞬ピクッと反応したけれど、弱々しく首を振る。


 ネコ系ではあるのかな? 同じネコではイヅミもいるけれど。あっちは完全な猫スタイルで、こっちは殆ど人と変わらない姿をしている。今みたいに服を着ていると見分けがつかないくらいだ。


 タマ……ポチ……ミケ……チャトラ……ニヤ


 ピクッ。


 おや?


「ニヤ」


 ピクッ。


 ニヤと呼ぶと、鼻がピクッと反応する。


「ニヤかあ」


 ジッと何か訴えるように見てくる元ボロ布の主。


「お前の名前は『ニヤ』だ」


 コクコクと頷く『ニヤ』、これで良いようだ。


 さっさと紙に名前を書いて、職員さんに渡す。


「コレでギルドへの登録も手続きが完了しました。『ニヤ』はアベルさん所有の登録奴隷となります。『ニヤ』にもこの冒険者証を常に持たせておいて下さい」


 そう言って、僕と同じような木片を渡された。


 その後は、ギルドの宿を案内してもらい。三人で宿へと移動、今日からそこに泊まれる事になった。

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