第8話、準備
走り込みを始めたのは、スキルが進化して数日後からだったかな。最初は家の近所をグルリと回るだけで疲れていたのが、それも三年も経つと町の外周を朝と夕に一周ずつ走っても疲れなくなっていた。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!
(にゃ)
ビッ!
バシッ!
町の外を走りながら、時々イヅミが僕の収納を使って石礫や棒を飛ばして邪魔をしてくる。
この、イヅミが収納を使えると言うのも三年の間で分かった事だ。最初の頃は収納から出すだけだったのが、今ではイヅミも手に触れた物なら収納に入れる事が出来るようになっている。
イヅミが邪魔をする為に飛ばしてくるソレを、僕は防具の小手でそれを捌いたり、収納から別のアイテムを出して防ぐ。
(やるようになったにゃ)
まあね。
(隙あり!)
シュッ!
甘い!
ゴンッ!
「痛っ!」
イヅミが足元に出してきた丸太を飛び越えて、かわしたと思ったら頭上の木の枝に頭をぶつけてしまった。
「イテテテ……」
「まだまだだにゃ」
近くの丘の上に立ち、朝日の昇る景色を眺めていると。街道の遠くに小さく馬車の姿が見えた。
「きた!」
僕は素早く丘から駆け降りると、家に向かって走り出す。僕は今日、この馬車に乗って旅に出る!
「ただいま! お母さん、馬車が来たよ!」
家に帰るとお母さんが朝ご飯の支度を終えて迎えてくれた。
「アベル、馬車が到着しても出発するのは昼前よ。慌てなくて大丈夫だから、手を洗ってきて朝ご飯になさい」
僕が裏庭に行き、井戸から水を汲んで手を洗っていると、後ろから「お兄ちゃん」と声がした。
「おはよう、リリー」
妹のリリーだ。去年十歳のスキルの儀式を受けて『守護』のスキルを得ていた。『守護』のスキルと聞いてリリーも王都に連れて行かれる!? と思ったけれど、『守護』は『守護者』より下のクラスで、少し悪い事が起こりにくくなる位のスキルで、持ってる人も比較的多いと聞いて安心した。
そして僕は……僕は、魔法が使えなかった。
基礎魔法が使えないなんて! 神父様に聞くと、ごく稀に基礎魔法が使えない人がいるらしいけど、本当に稀で。神父様も五、六年前に一人いたかなと言うくらい久しぶりに見たと言われた。
スキルといい魔法といい、どうして僕はこんなに運が悪いんだろう……いや! スキルは悪くない。収納はメチャクチャ便利だし、イヅミはもう家族の一員だし、後は、後は何だろう?
「お兄ちゃん、本当に今日行っちゃうの?」
僕がスキルの事を考えてボーッとしていたので。リリーが心配そうな顔をして近寄ってくる。心配と言うか、不安なのだろう。
「もうずっと前から決めていた事だしね。父さんと母さんも納得してくれているし、リリーとも何度も話しただろ?」
「そうだけど……」
そう言ってピトッとくっ付いてくるリリー。くーっ! やっぱり可愛いなあリリーは。もう一月延ばしてもいいかな、何て気持ちも湧いてくるけれど、男が一度決めた事だ、僕は今日出発する!
「ねぇリリー。この前、僕と約束した事を覚えているかい?」
「覚えてる」
リリーは、僕の腰に手を回してくっ付いたまま返事をする。あれ? と言うかリリーの身長って僕と変わらない? 僕もこの三年で身長伸びたんだけど、あれ?
身長の事が気になって、何を言おうとしていたのか頭がグルグルしてよく分からなくなってきた。
(リリーちゃんと約束した事でしょ)
「あっああ、そうだ。約束したよね、僕に代わってリリーがお父さんとお母さんを守ってくれるって。リリーがそう言ってくれたから、僕も安心して家を出る事が出来るんだよ」
リリーのスキル『守護』の効果はまだハッキリしていない。神父様が言ってた「少し悪い事が起こりにくい」意外には、本人もどうやって発動するのか分からないそうだけど。イヅミ
僕は、数日前にこのスキルの説明をリリーに教えてあげて、僕が居ない間はリリーがこのスキルの力で家族を守って欲しいとお願いした。
「分かった。けど、お兄ちゃんは一人になっちゃうんだよ? お兄ちゃんは誰が守ってくれるの?」
僕は、リリーの方に向き直るとリリーの頭を撫でる。
「僕は大丈夫! 僕にはとても頼りになる相棒がいるからね……イヅミ!」
(いいのかにゃ?)
(ああ、リリーには話しておこうと思う。それにイヅミの能力を使えばリリーと話せたりするんでしょ?)
(わかったにゃ)
そして僕の目の前、リリーの
「にゃー。こんにちはリリーちゃん」
突然後ろから聞こえた声にびっくりして振り返るリリー。
「きゃっ! え?! イヅミちゃん? え? 喋った?!」
リリーの目の前には、三年前から一緒に住んでいる猫のイヅミの姿……だけど。立ち上がって二本足になり、人の言葉を話している。
「落ち着いてリリー、紹介するよ。僕の相棒のイヅミだよ。イヅミ、リリーだよ挨拶して」
「
イヅミはそう言ってリリーに近付くと、その手を伸ばしてきた。
「イ……イヅミちゃん。リリーです。ふわぁー」
差し出してきたイヅミの手を握るリリー。ふふっ、イヅミの手。その肉球いいよね。可愛くてフニフニしてて。
真っ白なスベスベの毛に綺麗なブルーの瞳、二本足で立って言葉を話す猫だけど。あっという間に虜にされてしまったリリー。
イヅミがリリーに顔を寄せると、リリーも顔を真っ赤にしてさらに顔を近づけた所で。
ピトっと鼻と鼻をくっ付ける。
「ひゃうん!?」
(マーキングできたにゃ)
「きゃっ!」
今度は突然頭に聞こえた声にびっくりするリリー。
(大丈夫だよリリー、これはお兄ちゃんのスキルの能力さ。声に出さなくても、考えるだけで声が相手に届くんだ)
さらに僕の声まで聞こえて、ポカンとした顔になるリリー。
(おにい……ちゃん?)
(お、そうそう。聞こえるよ、リリー)
(ほわぁ、お兄ちゃんの声が頭の中で聞こえる)
リリーは、ポカンとした顔のまま僕を見ながら頭の中で話しをした。
(こうやって話せば、僕が何処にいても話せるから。リリーと離れていても大丈夫だよ)
「本当に!」
突然、声を口に出して話すリリー。さっきまでは不安で心配そうな顔をしていたのに、今はとてもキラキラした笑顔になっている。
「ああ、だから心配しないで。リリーはお父さんとお母さんを守っておくれ」
そう言って、もう一度リリーの頭を撫でる。ああ、もう。可愛いなあ。
「二人ともー、いつまで手を洗っているの?! 早く朝ご飯を食べてちょうだい」
そんな事をしていると、家から母さんが呼ぶ声が聞こえてきた。
「リリーも、手を洗ってご飯を食べに行こう」
「うん!」
そして僕たちは、手を繋いで家へと戻った。
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