第12話 積載荷重6トン

遠目から見る限り、ここまで見たモンスター達に飛んだり跳ねたりするようなやつはいなかったはずだ。

急に2階や3階が襲われる可能性は少ないだろう。


「薙乃さん、下が危ないです!」

柊木さんが立ち上がる。

「そうだな、行ってみるか?」

「はいっ」

彼女の返事に迷いはなかった。

俺達にできることなんてたかが知れてるが、それでも二人なら誰かを助けられるかも知れない。


「聡史さんはここで待ってて」

叔父さんは一瞬悲しそうな顔をしたけど、涙を浮かべたまま微笑んだ。

「……分かった。気をつけてね……」


うん? もうちょっと危ないから行くなとかやめろとか言われるかと思ったんだけどな。


柊木さんが「すみません、車椅子が通ります!」と宣言して歩き出す。

俺も遅れないようハンドリムを操作する。


「啓くん! もう捨てなくていいから!」

ざわめく人の間を進む俺達の背に、叔父さんが必死に叫ぶ声が届いた。


なんだ?


なにを捨てるんだ? コンカーになりたいって夢なら……。


「薙乃さん!」

柊木さんに呼ばれて、俺は気持ちを切り替える。


俺達は上階へと避難する人達の妨げにならないよう、スロープの方には向かわず3階の端にある荷物用エレベーターの前に来ていた。

図書館内の電気は予備電源に切り替えられていたが、エレベーターは電力を食うからか全機止められている。

それを、柊木さんの巡力で無理矢理動かす算段だ。


「私、こんなところにエレベーターがあるなんて知りませんでした」

「前に一度、利用者用のエレベーターが点検中の時に乗せてもらったことがあるんだ」

俺は素早くメーカーと構造を確認する。


ロープ式で、積載荷重は……6000キログラム!?


6トンも耐えるのか!


そうか、本は重いもんな。

思わず口端が上がってしまう。

「柊木さん、1階の状況次第だけど、これでロボを作ってもいいかな?」

「図書館のエレベーターでですか!?」

公共施設を壊すのは流石に罪悪感がデカいか。


「ぅぅ、でも、非常時ですものね……」

「非常時だからな、仕方ないよな」

「って、なんで薙乃さんそんなに嬉しそうなんですか!?」


うっ、バレたか。

「いやだって、積載荷重500キロ弱のエレベーターから一気に6000キロだぞ?」

「そんなに違うんですか?」

「上手く作れば、かなりパワーが出るんじゃないか?」

俺は頭の中で設計図を書き上げる。

なるべく低巡力で無駄なく効率的に作れるように、手順も合わせて頭に叩き込む。

コックピットの安全性も保てて、できれば前回のような防戦一方じゃなく、ちゃんと敵を叩けるような、そんなロボットを。

「……そしたら、私達も皆さんのお役に立てるでしょうか」

「ああ!」

柊木さんは、俺の言葉に「頑張りますっ」と両手を握りしめて答えた。



エレベーターに乗り込んで、柊木さんと額を合わせる。

この姿勢ももうちょいなんとかしたいもんだが、今は非常時だ、なるべくミスのない手段を取るしかない。

柊木さんの提案で、俺達はエレベーター内でロボを作りながら一階へと降りることにした。

何しろロボを作ってる最中は無防備だからな。本当は俺もそうしたいとこではあったが、彼女の巡力を多めに消費してしまうため、彼女から提案してくれて助かった。


「そうだ、スマホを借りてもいいかな? ミニモニターにしたいんだ。多分、壊さず返せると思うんだけど……」

「はい、どうぞ。お姉ちゃんのお下がりなのでちょっと古い型ですが」

柊木さんは迷う事なく俺にスマホを差し出した。

このまっすぐな信頼が、俺にはどうもくすぐったい。

柊木さんにはお姉さんがいるんだな。なんて頭の隅で思いながら受け取る。

「ありがとう。じゃあ始めるよ」

「はいっ」

答えた柊木さんが目を閉じた。


今度のロボは俺が両手を自由に使えるので、操作もハンドルレバー式にしてある。

前のはエレベーターのボタンをそのまま使ったから押しにくかったもんな。

これでもっと直感的に動かせるはずだ。


コックピットは、外からはなるべく見えないように、でも中からは外の様子が見えるようにしたい。

ガラスの外側にだけうっすら色をつけてスモークガラスがわりにしよう。

既に塗装されている部分の塗料を移動させることによって、色数こそ限られるがカラーリングも思うがままだ。

それにしても柊木さんの能力は本当にすごいな。ドアガラスまで、こうもキレイに湾曲させられるとは思わなかった。

ガラスが難しければ、コックピットを覆う部分には後からスロープ脇のアクリル板でも拝借しようかと思っていたが、彼女の能力の前では材質がなんだろうと加工難易度に差が出ないようだ。


「……っ」

彼女の体温が高くなる。

額にじわりと汗が浮かんだのに俺は気づく。


そうだよな。

こないだよりよっぽど難しい事させてるよな。

しかも今回は駆動電源まで完全に柊木さんの巡力頼りだ。


「完成だよ。柊木さんは俺の後ろの席に座って」

「は、はいっ、ここですか?」

「そう、それでその左右のハンドルを握ってくれる?」

「はい」

「右手の方から少しずつ巡力を流してみて。左手側から巡力が返ってきたら戻った分も吸収してまた流す。できそう?」

「はい、それならできると思います」


巡力はその通り、巡る力だ。

両手を近づけて巡力を意図的に循環させる練習は、巡力コントロールの基礎中の基礎。

できないコンカーはまずいない。

俺も2歳になる前には完璧だったと父がよく自慢げに言っていたしな。


「流す量は、鍵開けの時の倍くらいで」

「ぅ、頑張ります……」

わかりにくかったかな?


「戦闘になったら、解体の時の3分の1くらいくれるとありがたい。多い分は戻る仕組みだけどどうしてもロスがあるからね。少ないときは言うから」

「お願いしますぅ」


今回は後部座席に座る柊木さんの巡力を引いて全体を動かす予定だ。

彼女自身がこのロボットの電池みたいなものだな。

なるべく巡力を無駄なく回して、柊木さんの負担を下げて駆動させるのが今回の俺の目標でもある。


「このくらい、ですか?」

「うん、ちょうどいいよ」

この設計なら激しい動きをしなければ、15分は動ける……と思う。


俺はボタンがいくつかついたハンドルレバー……このロボの操縦桿を握り直す。

うん。我ながらいい出来だ。

上がってしまいそうな口端を、不謹慎だと引き締め直して、俺は操縦桿を引いた。


外壁もロープもすっかり無くなった、床板だけ残されたエレベーターの外扉にロボのアームの先を引っ掛ける。

この扉ももう中身と内側は取ってしまったので、ただの引き戸だ。


「行くよ」

「はいっ」


緊張気味の柊木さんの返事と共に、俺は慎重に1階のエレベーターの外扉を開けた。


図書館の1階は、既にモンスターの侵入を許していて、あちこちでコンカー達が逃げ遅れた人達を庇うようにして戦っていた。


コンカー達は不意に現れたロボットにそれぞれ視線を投げたが、ロボットの外装にどデカく書いた「コンカー見習い」の文字を見てひとまず敵ではないと判断してくれたようだ。

若干見た目が間抜けになってしまうが、書いておいてよかった。


……しかし、この状況は妙だな。

「どうしてでしょうか……」

柊木さんも同じことを思ったらしい。


一般人よりコンカーが前にいるなら、モンスターは巡力の強い高いコンカーを狙うはずだ。

一般人には見向きもしないはずなのに、どうしてコンカー達は一般人を背に庇うようにして戦っているんだ……?


モンスターは肌の色こそ緑色だが、人に近い姿をしていた。簡素ではあるが、服のようなものを身に付け、爪や牙ではなく棍棒のような鈍器を振り回しているところを見るに、今までのモンスターよりも知能は相当高そうだ。


コンカーの渾身の一撃に弾き飛ばされたモンスターが、倒れた書架から散らばる本を数冊拾い上げる。

何をする気だ?

モンスターがまとめて数冊の本を投げ付ける。

投げた先は意外にもコンカーではなく、その後ろの一般人達だ。

迫る恐怖に次々と悲鳴が上がる。

「くそっ」

コンカーが本の軌道上へと身を投げた。

ただの本でもモンスターの腕力にかかれば一般人には十分な凶器だ。

バシバシっと音を立てて本がコンカーに激突する。

次の瞬間、モンスターはコンカーに殴りかかる……はずだったのだろう。

俺達が間に入らなければ。


コンカーめがけて駆け出したモンスターは、振り下ろされたロボのアームにガツンと激突してひっくり返った。


おお、ちゃんとロボ本体には衝撃の反動が来ないように出来てるな。

俺は撃吸収機構の大成功に思わず感動する。

「ロボット……?」「ロボだ……」「なんで図書館にロボ……」と避難者の皆さんがざわめきだした。

『ま、まだ見習いですが、避難誘導を手伝わせてください』

柊木さんの言葉は、完全密封のコックピットからエレベーターの緊急時通話用インターホンを通じて発されている。

俺が柊木さんに言ってほしいと思う言葉は、柊木さんの前に設置されたスマホに表示される仕組みだ。

ほわっとした女の子の声に、ロボへの警戒もさらに緩んだように見える。

俺が喋らなくて正解だったな。


「あのスロープから上階へ頼む!」

答えたコンカーは、すぐさまモンスターへと駆け出した。

この機に片をつけるつもりのようだ。

得体の知れないだろう俺達に対しての素早い判断に感謝しつつ、俺達は5人の避難者を保護してスロープまで連れて行く。


スロープの前にいた3人のコンカーも、ロボの姿に多少の驚きを見せつつも「ありがとう」「助かる」と言って、避難者達を上階へと向かわせてくれた。

今は、このスロープ前が最終防衛ラインなんだな。

ここにいるコンカー達は今ここを離れるわけにいかないんだろう。


「えへへ、お礼を言われちゃいましたね」

嬉しそうな柊木さんの声。

ちなみに、外部スピーカーへのオンオフは俺が切り替えている。

「次はどこに……」と相談しようとした俺の言葉に被せて柊木さんが答えた。


「薙乃さんにお任せします。相談してたら間に合いませんから」


確かに、それもそうだな。

「わかった」

答えてから、じんと胸が熱くなる。

コンカー見習いである柊木さんの名で動いている以上、俺の判断も俺の行動も、柊木さんの責任になってしまうのに。

それでも俺に任せると言ってくれた柊木さんの信頼に、俺は絶対応えたい。


俺はアームを畳んでコックピット部と一緒に回転させる。

足元はそのままに方向を転換すると、目星をつけていたコンカーの元へとロボを進める。

今回のロボにはクッションの効いた関節がついた細めの足が5本ある。

こんな風に書架や本が散乱した場所も難なく歩けて、簡単には倒れない仕様だ。


「次はあそこに行こう」

どうもあのコンカーは防戦一方のようだ。

おそらくあの人は攻撃系のコンカーじゃないんだろう。

近づくにつれ、コンカーが傷だらけなのが分かった。


相手のモンスターは弓のようなものを使っている。

このモンスター達はこんな飛び道具まで使えるのか。


ハッとモンスターがこちらに気づいた。

「柊木さん!」

「はいっ」

ロボを包む巡力がブワッと上がる。

多い多い。もうちょっと少なく……と思った時には柊木さんも気づいたのか出力が落ち着いた。

「うん、いい感じだよ!」

「ひゃいぃ」

モンスターがこちらに矢を放つ。

向かう矢を、ロボのアームが難なくなぎ払う。

俺は反対のアームをぐっと引いて、思い切り突き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る