第4話 2人の目的

 花見と柚木の襲来から暫く時間は経過し、4時間目が終了した。今から昼休みの時間に突入する。


 あれから休み時間に花見と柚木が俺の教室に姿を見せることは無かった。俺の拒否に諦めたのだろう。それなら好都合だ。


「なあなあ、大橋」


 俺が弁当袋を手に持ち、席を立とうとすると、山梨から声を掛けられる。今日は、こいつから頻繁に話し掛けられる。おそらく、花見と柚木の後輩コンビが原因だと思うが。


「なんだ? 」


 俺は浮かせた腰を戻し、再び席に座り直し、振り返る。


「花見さんと柚木さんの要望を断ったままでいいのか? あの学年ビック2にトレーニング指導できるなんて最高じゃねえか」


 やれやれ。こいつは何を言ってるんだ。トレーニング指導をするもしないも俺の勝手だろ。良かれと思って他人にアドバイスするように口出ししないで欲しい。


「悪いが俺の気持ちは変わらない。俺もボクシングで暇じゃないんでな」


 俺は席を立ち上がり、弁当袋を片手に教室の出口の戸に向かう。


「ちっ。ボクシング野郎め。冷たい奴」


 山梨は俺の背中を目で追いながら、悪態をついた。


 おいおい。聞こえているからな。面倒だから見逃してやるが。気を付けろよ。せめて俺に聞こえないトーンでやれ。


 こうして俺は山梨の悪態を背中に受けながら、教室を後にした。



 俺は教室から廊下に移動し、何段もの階段を降り、1階に到着する。そのまま昇降口を利用せずに体育館の方面に向かう。


 体育館は正門の付近に設置されるため、そこまで上履きのまま移動する。


 体育館の前に到着すると、隣のボクシングリングの設置される小さい体育館に足を踏み入れる。


 中には青一色の床にリングを囲う四角形を描く白いロープが特徴的なボクシングリングに、上空から吊るされた2つの黒色のサンドバック、時間を図るデジタイマーなどがある。


 俺は来客用などに使われる(滅多に使われない)少し錆びれてペンキの剥がれた青色のベンチに腰を下ろす。


 ベンチに座りながら、弁当袋を開き、糖質を極力避けるために、出来るだけ炭水化物は摂取せずに、たんぱく質を中心とした昼食を済ませる。体重を増やさないための食事管理だ。


 弁当を片付け、袋に仕舞うと、制服から動きやすいスポーツウェアと短パンに着替える。


 息を整え、準備体操を始めようとする。


「い、いた。大橋先輩いた」


 大きな声で相棒に共有し、勝手に許可なくボクシング部の練習用の体育館に足を踏み入れる花見。遅れて柚木も入って来る。


「ようやく見つけました。教室に居ないので探しましたよ」


 花見が柚木と目を合わせた後、俺に視線を走らせる。柚木も俺に視線を向ける。


「そうか。それはご苦労だったな。それで何だ? トレーニング指導なら、お断りだぞ」


 俺は先手を打ち、敢えて花見達の要望を汲み取り、気持ちは変わらないことを伝える。


「そ、そこを何とか。お願いできないですか」


「うちもです」


 花見と柚木は本気の気持ちを伝えるように俺に頭を下げる。


 そこまでする理由が俺には全く分からない。別にトレーニングなどする必要ないだろう。それに今はネットでも学べる時代だ。わざわざ俺の力を借りる必要はない。そう思わないか?


「どうしてそこまで俺にトレーニングを教わりたい? 」


 俺は率直な疑問を口にする。ここまでする動機も理由も少なからず気になった。


「それは…」


 花見は言い淀む。


「うちは。…うちは昔からナンパや告白などを頻繁に受けてきました。その中で強引に力を使って言うことを聞かせようとする輩も居ました。昨日は大橋先輩に助けて貰いました。しかし、運が良かっただけです。これからも、そのような危険に遭遇する可能性は高いです。そこで自分を守れるようになりたい。自分の身は自分で守りたい。だから、強い大橋先輩のトレーニングの指導を受けたいんです」


 柚木が積極的に自身の気持ちを載せた理由を回答する。花見に隠れて意志表示が苦手系の女子だと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。強い何かを突き動かす俺に教えを請う気持ちはヒシヒシと伝わる。


「私も唯花と同じです。自分の身は自分で守れるぐらい強くなりたい! それこそ男の人にも負けないぐらい、倒せるぐらいにはなりたい!! 」


 花見も自身の気持ちを載せた真剣な目で俺に気持ちを伝える。


 花見からもヒシヒシと気持ちが伝わる。それを感じられないほど鈍感ではない。


 なるほど。強くなりたいか。


 俺は過去を回想する。


 俺にも強くなりたいと思っていた時期があった。それこそ俺の師匠である先生に教えを請うた。


 先ほどの花見と柚木のように真っ直ぐな気持ちを伝えた記憶がある。小学生の頃まで遡る話だがな。懐かしいな。


 この真っ直ぐな気持ちに応えてやらないとな。それに強くなるのは、この2人のためになるだろうしな。


「分かった。いいだろう。トレーニングの指導をしてやろう」


 俺は花見と柚木に交互に視線を走らせ、彼女達の要望を受け入れる。


「本当ですか? 」


 花見が確かめるように尋ねる。


「男に二言はない」


「やった…。やったよ~!! 唯花~」


「本当に! 嬉しいね七瀬ちゃん!! 」


 花見と柚木は両手を取り合ってキャッキャッと飛び跳ねながら喜ぶ。こういうところは、まだ中学生の感じが残っているな。幼いことは悪くないがな。


「喜んでる途中悪いが、いきなり俺と同じトレーニング量を課すつもりはない。まず、早朝のランニングから始める予定だ。それでも大丈夫か? 」


 俺は花見と柚木に確認を取る。


「は、はい! 大丈夫です! 」


「うちもです! 」


 花見と柚木は取り合う手を離し、俺の確認に反応する。


「俺の朝は早いぞ。朝の5時からトレーニングを始める。早朝に2キロほど走る予定だが問題ないか? 」


 俺は早朝のトレーニングのメニューを共有する。


「ご、5時!? 」


 花見は驚愕の声と共に大きく目を見開く。


「七瀬ちゃん大丈夫? 七瀬ちゃん、朝が苦手だよね? いつも起こして貰わないと起きれないんだよね? 」


 柚木は不安そうに心配する視線を送る。


「そうか。起きられないなら。別にいいぞ。俺は合わせないからな。5時に来れないならトレーニング指導はしない。絶対な」


 時間を守れない奴など信用できない。自分から頼んできたのだ。相手に合わせる必要もない。俺のやり方とリズムでやらせて貰う。


「い、いえ! 分かりました! 5時ですね! 絶対に送れずに行きます!! 」


 花見は意志を示すように敬礼のポーズを取る。なぜ敬礼?


「だ、大丈夫なの? 」


 柚木は心配そうに花見の耳元で尋ねる。


「大丈夫…なはず。ママに起こして貰うから」


 花見が自信が無さそうに困った顔でぎこちなく答える。


「そういうことだ。いつからやりたい? 明日からでいいか? 」


「はい。問題ないです」


「はい」


「そうか。なら繰り返すが明日の5時からトレーニング開始だ。場所は、この学校の最寄り駅の場所でいいか? 足羽高校前だが場所は分かるか? 」


「大丈夫です」


「うちも大丈夫です」


「そうか。ならいい」


 俺は全ての確認事項の共有を終えると、準備体操に取り掛かる。


「もう、用は済んだだろ? 」


 俺は目の前で俺の準備体操を観察する花見と柚木に怪訝な視線を送る。


「いえ、私達、大橋先輩の練習を見学しようと思って」


 花見は俺の疑問を解消し、柚木も同意するように首を縦に振る。


「…勝手にしろ」


 俺は花見と柚木から視線を外し、居ない者として見て準備体操を全力で行った。これからのトレーニングや練習でのケガを防止するために。

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