その男、富豪につき。
@majpon37
第1話
なんでこんなことに。
「はあ、はあ、はあ、、、」
深夜の校舎、自分の教室の教卓の中で、歯をがちがち震えさせながら、エイタは自分の選択を後悔していた。
なんでよりによってこんな時に、夜の学校へ来てしまったんだろう、、、
友達のシュンたちとよく忍び込んで、探索ツアーと称して校内を練り歩いているから?
今日学校に忘れてしまった明日提出の数学の課題、完璧に仕上げて提出しないと放課後のクラスのみんなでいくカラオケに行けないから?
そして、そこには僕の好きなマリちゃんがいるに違いない、、、
でも、、、こんな時に。
エイタの通う中学校では、最近"おかしいこと"が起きている。
誰もいないはずのトイレから声が聞こえたり、勝手に音楽室の楽器が鳴り出したり、夜の校舎から人影が10人以上ずらっと並んで外に向かって手を振っていた、という通報もあった。
オカルト好きのシュンによると、この学校は昔いわくつきの土地だったらしい。
なんでも墓地だったとか、戦国時代の処刑場だったとか、、
本当のことはわからない。
だが、エイタがいま直面している現実はまさにオカルトそのものだった。
---------10分前くらい、エイタが教室に入り、自分の机を覗き込もうとした時にその音は聞こえた。
ずる
初めは聞き間違いか?とエイタは思った。シュンたちと何度も来ているとはいえ、少しはおっかない気持ちもあったから。
びびって空耳をしてしまうってことあるから。
ずる
違った。
耳をすませてみると、確かに聞こえた。
まるで濡れた衣服の束を引きずるような音。
ずる
音は次第に大きくなる。
確実にこの教室の前の廊下を通るだろう。
ずる
ドアを勢いよく開けて走って逃げるか、、?
管理人さんかもしれない。夜に見回りに来た先生かもしれない。
だが、まともな人間ならこんな深夜の校舎で持っているはずのものを持っていない。灯りだ。
真っ暗な廊下を、こちらに向かってくるその"音"は、確実に人間じゃないなにかだった。
ずる
とりあえず教室の隅まで動こう、、
そう思った時
「あああああああああ、、、いひひひひひいいいいい」
ずる
男性と、女性と、赤ちゃん?の3人の声が重なったような叫び声が響いた。
エイタの全身が一気に冷たくなった。
心臓の鼓動は限界まで早くなった。
ここは3階だから、窓から出ることもできない。
素早く教卓の中に滑り込む。
全身が震え、息が荒くなるが、自分の手で口を押さえる。
外にいるのは、、、何?
ずる
「いいっひひひひいいいいい」
狂ったような笑い声が響き渡る。
ずる
エイタは教卓の引き出しを物色し始めた。
なにか、なにか使えるものは?、、おや、これは、、
ずる
それはボールペンだった。
シルバーのボディと、重そうな装飾が付いた高そうなペン。
このペンには見覚えがある。
昨日、隣に座った、転校生の、、、サルワタリくん。
なんでもすごいお金持ちらしいけど、とてもおとなしくてあんまり話はしなかった。
一言だけ話した。
「サルワタリくん、よろしくね」
「、、、よろしく」
青白い顔で、頬は少しこけて、不健康そう。目は細く、髪の毛は完璧に整えられている。
彼のボールペンに違いない。
どうしてこんなところに?
エイタはしばし、ボールペンを見つめていた。
それはほんの一瞬だったが、いま自分が置かれている状況を忘れるには十分すぎる違和感だった。
そういえば。
あの音がしない!
慌てて顔を上げた。そして、叫んだ。自分の口から出たとは思えないさけび声。
「うわああああああ」
目の前に、人の顔があった。
ただ、"人の顔"と呼べたのは、かろうじて目と鼻と口、のようなものが張り付いていたからだ。
何時間も水につけたような、ぶよぶよした皮膚に、場所がそれぞれおかしな位置に目玉がついている。
鼻はいちおう真ん中にあるが、鼻というより切れ込みだ。
口のあるはずの場所にも切れ込みが入っている。
粗悪なナイフでなんども切りつけたかのような雑な隙間から、笑い声のような甲高い声が漏れている。
「いひいいひひひひひひひいいい」
エイタは教卓ごと後ろに勢いよくのけぞった。
背中が床にたたきつけられるが、痛みは感じなかった。
ただそれよりも、感じるのは恐怖だった。
エイタは振り向くことなく全速力で走った。
教室を飛び出し、わけもわからず廊下を疾走する。
「ああ、ああ、ああ」
自分の口から情けない声が漏れる。
それでも走った。背中から落ちた時のせいか、首の辺りがじんじん痛むが今は全く気にならなかった。
もうすぐ階段だ。一気に駆け降りて外に出れば助かる。
その時気づいた。
「あああああいひいひひひひひひひいいいい」
甲高い叫びはいつのまにか"自分の前方"から聞こえてくることに。
ずる、べちゃ
ずる、べちゃ
ずる、べちゃ
規則正しく、不快な音が響く。
ゾッとした。階段を上がってきている。
そんな!今まで後ろにいたはずなのに。
エイタは思わず立ち尽くした。
階段のある踊り場までもう5メートルもなかったが、このまま階段を降りればあの化け物と正面衝突することは避けられない。
とはいえこのまま戻っても意味がない。
逃げ道がない。
いまやエイタの頭はパニック寸前、足はがくがく震え、冷や汗が止まらなかった。
ずる、べちゃっ
ずる、べちゃっ
ずる、べちゃっ
どうしようどうしようどうしようどうしよう
「エイタ君、屋上に行こう」
一瞬、自分の名前が呼ばれたことに気づかなかった。
ゆっくり振り向くと、なぜかそこには
「サ、、サルワタリ君?」
転校生がそこに立っていた。
相変わらず整った髪で。完璧に落ち着いた表情で。
「な、、なんで?どこから-------」
「さ、行こう。屋上へ。もうすぐ"着く"から」
「え?なにが、、」
サルワタリ君はエイタの手を引き走り出した。
見た目よりも力強くエイタを引っ張る。
踊り場へ出て、すぐに階段を登り始める。
相変わらずあの化け物の声が鳴り響いている。
「いひひひひひひいいいいいい」
「サルワタリ君、、どういうこと?どうしてここへ?あれが何か知っているの?"着く"って何が、、、?」
階段を駆け上がりながら僕は思いつく限りの疑問を口にした。
サルワタリ君は僕を見た。
「-----------僕の家のこと知ってる?」
「知ってるよ、すごいお金持ちなんでしょ?クラスのみんなが噂してたよ」
「それは今の家。僕はね、養子なんだ。前の両親はもういない。
前の家はお寺でね、昔から続く由緒正しい一族だったみたい。それに、代々ある"力"を持っていたんだ。
まあ、いわゆる霊感だね。
悪霊や怨霊を感知して、除霊する力。そうやって一族は繁栄してきたみたい」
屋上の踊り場にたどり着いた。
走りすぎて、心臓が痛い、、膝に手をついて息を整える。
サルワタリ君は構わず話し続けた。
見た目よりも体力がある方らしい。
「でも、僕にはその力は出なかったんだ。除霊する力はね、、、。僕にあったのは怪異を感知する力だけだった。
だからここにいるってことなんだ」
「え?でも除霊できないってことは、、、」
「あああああああああいひひひひひひいいいいいいい」
今まで1番大きな叫び声が響く。
終わりだ。
ここで、、ここで僕らはあれに、、、!
力が抜けていく。
何も考えられなくなっていく。
ところがサルワタリ君は意外にもにっこり笑った。
「さ、屋上だよ。ついてきて」
ドアを開けた先に、広い屋上が見えた。
放課後や休み時間はこっそり学校のサボり魔や、帰宅部が忍び込んでのんびり自分の時間を楽しんでいる。
ふだん、事故などが起きていないから学校側の管理もゆるいのだろう。
鍵などはかかっていない。
そして、その憩いの場であるはずの屋上には、化け物がいた。
まるで潰れたスライムを何体も重ねたかのようだ。
ぶよぶよの皮膚にパーツが歪んだ顔、僕の背丈の2倍はあるかのような大きさ。
先ほどまで階段にいたはずなのに。
そんな僕の考えを見透かしたかのようにサルワタリ君が話す。
「あれは、、、近くの川で溺れて亡くなった人の、無念だけが集まってできた悪霊だよ。"沼御前"とも呼ばれてる。
妖怪だとも言われているけど、あれはその抜け殻みたいなものだね」
「なんで僕らの先回りができるの?」
「あれは中身のない、思いの塊なんだ。人の期待や喜びを食って大きくなる。階段を降りれば助かる、とか屋上に行けばなんとかなる、とか思うよね?そういった思いを感じて現れるんだよ」
じゃあ、どうやっても助からない、、?
やっぱり駄目なのか。
なら、どうして、サルワタリ君は僕のところに来てくれたんだ?
サルワタリ君を見ると、また微笑んでいる。
「大丈夫。僕には霊を除霊する能力はないけど、別の"力"があるんだ。幸いなことにね」
別の力?どういうことだろう?
除霊じゃなくて、捕まえる力とか?それとも、そんなところがあるなんて知らないけど、霊界に霊を戻す力とか?
そして、気づくと水霊の化け物はもうすぐそこまで迫ってきていた。
ずるるる、べちゃ
ずるるる、べちゃ
「いひひひいいいひひひひいいいひひ」
その声を聞くと、改めてゾッとする。
もう駄目だ、、サルワタリ君にどんな力があるのかわからないけど、こんな化け物どうにもできない。
サルワタリ君を見た。
なんとスマホでどこかに電話をかけている。
そして
「では、お願いします!」
いきなり、目の前が白く染まった。
思わず悲鳴をあげて後ずさる。
「大丈夫だよ、エイタ君。上を見て」
上、、、?
見上げると、巨大な何かが風を撒き散らしながら垂直に降りてきている。
あれは、、、、
「ヘリコプターだよ。それも軍事用。まあ偵察機だけどね!自衛隊からお借りした、OH-1、通称ニンジャ。
レンタルするのに30億円くらいかかったけど、まあいいかなって。
じゃ、はいこれ。ここからはヘリの音でうるさいから」
サルワタリ君が僕に手を差し出した。
その手にはワイヤレスイヤホンが乗っている。
僕は訳もわからず、イヤホンを耳につけた。
「どう?聞こえる?」
サルワタリ君の声が頭の中で響く。
僕は口をぽかんと開けたまま、ゆっくり頷いた。
ヘリコプターは徐々に高度を下げていく。
視界が白くなったのはヘリのライトのせいだったらしい。
水霊の化け物はどう見ても、、、、戸惑っている。
上を見て何か叫んでいるが、ヘリの音にかき消されて何も聞こえない。
そんな化け物の周りに、黒くて太いロープが垂らされる。
しゅっ、と鋭い音がして、ロープを伝って全身を迷彩柄に身を包んだ男が5名ほど降りてきた。
全員がガスマスクのようなものを着けていて、顔は見えない。
サルワタリ君はまだ楽しそうに解説を続けている。
「あれはね、僕が個人的に雇ってるボディーガードたち。元自衛官とか、元公安とか、プロの精鋭たちなんだ。
雇ってるって言っても、普段は総理大臣とか、皇室とか、偉い人を普段は守ってるんだけどね。これまた稼働してもらうのに数千万円くらい使っちゃったけど、まあそれくらいはね~」
とかなんとか言っているうちに、5名は化け物を取り囲み、先ほどのロープで一瞬で化け物を拘束してしまった。
5名のうちの1人がヘリに向かって親指を立てる。
と同時に、他の4名がサルワタリ君に敬礼した。
サルワタリ君は慣れた様子で敬礼を返す。
またもやしゅっ、という音ともにロープが上に上がっていき、化け物はヘリに乗せられた。
そしてヘリは滑るように動き出し、すぐに見えなくなる。
「さ、帰ろうか。あ、そういえばヘリに親指立ててた人、加藤さんっていうんだけどね。
昨日お子さんが3歳の誕生日を迎えたみたいでね、初めてアイスクリームを食べさせてあげたら冷たすぎて大泣きしたってインスタのストーリーにあげててね、なんか微笑ましいよね?そういうの」
僕は2つ、わかったことがある。
サルワタリ君は意外とおしゃべり。そして、、、、
「あの、、」
「ん?」
「気を悪くさせたらごめん。サルワタリ君の別の力って、、、もしかして、、、"財力"?」
サルワタリ君はにっこり笑った。
「さ、帰ろうか。あ、それともヘリで帰る?ニンジャに乗せてもらおうか?」
-----------これが、僕と彼との出会い。
霊を倒す力はないが、人智を超えた途方もない財力で、呪いや悪霊を圧倒するサルワタリ君との、最初の"除霊"?だった。
□除霊費用
・自衛隊偵察機 OH-1 特別貸与費用 30億6,000万円(税込)
・民間警備会社 5名 個人警護依頼及び特定対象捕縛依頼 3,650万円(税込)
・ノイズキャンセリング機能付きワイヤレスイヤホン 2人分 7万3500円のところ、クーポン利用にて2割引き、58,800円(税込)
計 3,096,558,800円 也
その男、富豪につき。 @majpon37
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