第28話 精神攻撃
「さて、ともかく五階まで覗きに行く前にキラーバットを倒しますか」
飛行がどれだけなのかは分からないが、暗視はこの先も薄暗いダンジョンに必要なスキルだ。
「雪斗は手前のモンスターを倒してくれ。俺は奥に突っ込む」
「待って待って、僕が後衛職でしょ。カイネが入口担当して、突っ込むとしたら僕になるよね?」
「それはダメだ」
雪斗は膨れた。その顔色はだいぶ回復している。
黒のロングコート姿で、腰に手を当てた。
「カイネってさぁ、僕に対してレディーファースト的なことするの多すぎない? これでも成人男子ですけど?」
「お前の無茶は俺が見たくない」
「そういうセリフは自分のカノジョに言えよーもー」
ヤダヤダと言いながら、雪斗はショートボウを手にする。
子どもの頃はこの件で喧嘩したこともあった。カイネにとっては前世からの主君であるが、こちらには身分制度は一般的ではない。
雪斗の美貌に焼きもちをやいた男子が、暴力に出た時もカイネが徹底的に制裁を加えたので雪斗が怒ったのだ。
雪斗に強く押されても詰られても、カイネは何も言い返さなかった。庇われて男の面子がすたると思っている雪斗の気持ちはわかった上でやったことだ。
同学年の女子たちにはやたら心配されたが、仲直りすると雪斗のファンクラブは増えた。雪斗には、女顔の美少年とワイルド系イケメンなんてターゲットにされるに決まっている!と謎の怒りが追加されたが。
「じゃ、カイネが突っ込む。僕が援護する。オッケー?」
「それで頼む」
「行くぞ」
セーフティエリアの壁を越えるのは初めてだ。
勢いよく、虎丸と共に入り口の奥に飛び込む。
八階の空気は、埃のようなかび臭い香りで満ちていた。
洞窟のようなエリアは、思った以上に視界が悪い。
紅王絶華の毒の花弁が、鮮やかに広がった。
刀の一閃で二体のキラーバットが消し飛ぶ。虎丸は、咆哮を上げながらモンスターを入口へと誘導していった。
――キィィィン!
キラーバットの叫び声が耳をつんざく。
声は脳をかき混ぜるようで、限りなく不快だ。
《カインネフィア隊長に死を!》
突然聞こえた声に、カイネはたたらを踏む。
《ユットジーン殿下と何やら画策していた様子、きっと魔法使い減少は彼らの仕業です》
――前世の処刑前の光景だ。
手が、体が、動きが止まる。
あの時――ドレスデン王国での魔法使い減少の調査は内密だった。部下も多く犠牲となっていて、調査に巻き込む危険性を考えて敢えて二人で捜査していた。味方は聖女ジュリエッタと護衛メイドのエリスぐらいだった。
そのジュリエッタも、各地で起こる瘴気の対策に一人追われて、手伝うと言いつつもそれどころではない様子で。
《殺せ!》
《不肖の子だ、目障りな》
《ボクに協力させる権利がどこにあるの?》
《忌まわしい、国を転覆させる気よ》
腕に痛みが走った。
左手から、血が伝う。その痛みがカイネを正気に戻した。
「紅王絶華!」
鋭い剣筋は、噛み付いていた複数のキラーバットを切断する。
そのままカイネは、縦横無尽に紅王絶華を振るう。一太刀ごとに、キラーバットはドロップ品と成り果てた。
雪斗の
耳障りの悪いキラーバットの声が、また精神を逆撫でた。精神攻撃の悪辣さが、身に染みて理解したところだ。
「ッ!」
カイネはとっさに自分の腕を浅く切る。刃が肌に冷たかったが、見るまにほとばしる血で熱くなった。
傷みがある内は、精神攻撃が効かない。
カイネのある特性が、良くも悪くも発揮された。
キラーバットの身を殺ぐ、叩き切る。
モンスターの返り血で、カイネの上半身は真紅に染まった。
それでもカイネは止まらない。疾風のように回転する体は、上空のキラーバットすら犠牲になった。
その間、奮闘するカイネを応援するように全身を紅王絶華の花びらが揺蕩う。
もはや何体倒したのかは数えていなかった。
「カイネ、戻ってこい! マジックスクロール手に入った〜」
雪斗の声が入り口から聞こえて、カイネは引き返す。知らずに隣のエリアにも踏み込んでいた。
「浄化」
体を染めた血を浄化で消して、体には、傷一つない。
残念ながら、タクティカルキャトルスーツに一筋開いた、切り口だけは直せないが。
「暗視なんか三つとれたぞー」
「今行く」
カイネが入り口から体を出すと、遅い!と雪斗の文句を浴びた。
初めてきちんとダンジョンに潜ったのだ。心配されて当たり前である。
雪斗の視線が前後し、カイネの敗れたシャツの腕で止まった。
「……無理したね?途中からドロップ止まってたし」
「多少は」
「カイネはさー、治っちゃうからなー」
雪斗が前世から引き継いだ影魔法と同じく、カイネが転生してからもこの力は共にあった。
超再生能力。
かつて魔物に片腕を持っていかれたことがあったが、その腕も見事に再生した。
痛みは当然ある。ステータスで防御を育てたのも、わざわざ痛い思いをしたくないからだ。
前世では、賢者セリオンに血を抜かれたり傷を付けられたり、実験されていたところにユットジーン王太子が珍しく激怒して乱入したものだ。
それ以来、いつも監視の目がある所でしか対話できなくなり、セリオンには恨めしい目を向けられた。
「少し噛まれただけだ」
カイネは自傷に触れずに答える。今世、雪斗が幼い頃影魔法を怖がった際に、自分の力を見せていた。
それにより雪斗は、なんでだか分からない能力として把握している。
この先のダンジョンで、この特異能力がどこまで通用するかは分からない。
それでも、使えるものは使うしかないのだ。
前世、主君とばらばらに処刑された親衛隊長としては、離れる訳にはいかないのだから。
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