大長老が語る 人類誕生のひみつ ――ベルとアイに伝えられた、地球からの贈り物のものがたり――

■1 星明かりの森で


 冬の夜、星がひときわ明るく瞬くころ。

 ベルとアイは妖精の村を訪れていた。


「大長老さーん、今日のお話って何?」

 アイが雪道を駆けながら尋ねる。


 大長老は、白く長い髭を撫でてニコリと笑った。


「今日は特別な夜じゃ。

 星たちが静かに歌っておる。だからこそ語れる“人のはじまり”の物語じゃよ」


 ベルとアイは顔を見合わせる。

 人のはじまり――? 妖精たちの話ではないの?


 大長老は、二人を千年杉の前に座らせた。

 星の光が降りそそぎ、木々がざわめく。


「さぁ……静かに耳を澄ますのじゃ。

 これは七千年前から語り継がれてきた、地球の奥深くに眠る真実じゃ」


---


■2 地球がまだ幼かったころ


「むかしむかし……地球がまだ子どものように若かったころ。

 海は大きな揺りかごで、森はまだ薄く、山は伸びをしたばかりじゃった」


 大長老は星を見上げた。


「妖精たちは、そのころすでにおった。

 四つの季節の妖精、雨や風の妖精、花や木の妖精……」


 ベルが驚く。


「人間より妖精のほうが先に生まれたの?」


「そうじゃ。妖精たちは“地球の息”から生まれた存在。

 自然が生きようとする力そのものじゃからな」


 アイが首をかしげる。


「じゃあ……人間は何で生まれたの?」


 大長老の目が優しく光った。


「それはの……“地球に必要だったから”じゃよ」


---


■3 地球が涙を流した日


「地球には、ある悩みがあった。

 それは――“自然の声を届ける存在”がいなかったことじゃ」


 妖精たちは自然を守る力はある。

 しかし、その声を遠くまで運ぶことはできない。


「むかし、山々が大きく揺れ、海が悲しそうに荒れたことがあった。

 地球が泣いておったのじゃ。

 『わたしの声を誰かに届けて。わたしの痛みをわかってほしい』とな」


 ベルは胸が痛んだ。


「地球が……泣いてたの……?」


「うむ。

 妖精たちは地球を慰めたが、どうしても手伝えぬことがあった。

 自然の形を変えたり、知恵で他の生き物を導くことじゃ」


 そのとき――

大長老は両手を胸にあて、静かに語った。


「地球は祈ったのじゃ。

 “自然の声を聞き、未来のために学び、知恵を使う存在をください”と」


 その祈りに応えるように、光が地上に降りた。


「そして生まれたのが――“人間”じゃった」


---


■4 人間に与えられた三つの力


「人はな、妖精にも動物にもない三つの力を授かったのじゃ」


 大長老は一本の枝を拾い、地面にゆっくり円を描く。


●1つ目 “未来を想う力”


「明日どうなるかを考え、森を守る計画を立てられる。

 それは地球が最も望んだ力じゃ」


●2つ目 “治す力”


「木が倒れれば植え替え、川が濁ればきれいにし、

 弱った生き物を助けることができる。

 妖精は自然を動かせるが……“治す”ことは人が得意なのじゃ」


●3つ目 “伝える力”


「言葉で、歌で、物語で、思いを伝えることができる。

 地球が『声を届ける存在がほしい』と願ったのは、この力のためじゃ」


 アイがゆっくりと呟いた。


「人って……自然を守るために生まれたんだね」


「その通りじゃ、アイよ。


 人類とは“地球を守るために生まれた子ども”なのじゃ」


---


■5 でも、人間は迷ってしまった


 大長老の声が、ほんの少しだけ悲しげになった。


「だがの……長い時の中で、人は迷い始めたのじゃ。

 森よりも家を、海よりも便利さを求めすぎてしまった。

 ときに自然を傷つけてしまうことさえあった」


 ベルは唇をかんだ。


「それって……ぼくらが悪いってこと?」


「ちがうぞ、ベルよ」


 大長老は優しく首を振る。


「人類は大きな旅の途中にあるだけじゃ。

 まちがえることも、気づくことも、直すこともできる。

 それこそが――人に与えられた最大の力なのじゃからな」


---


■6 地球が望むのは“完璧な人”ではない


「地球はの……怒ってはおらん。

 ただ、“気づいてほしい”と願っておるだけじゃ」


 大長老は二人の手をそっと包んだ。


「森が痛んだら、声を聞いてほしい。

 海が泣いていたら、寄り添ってほしい。

 風が苦しんでいたら、どうすれば楽になるかを考えてほしい」


「それが……人に与えられた役目なの?」


「うむ。人は自然の敵ではなく、味方になれる存在。

 そして妖精たちは、その人を支えるために生まれたのじゃ」


 ベルとアイの胸の奥に、温かく静かな灯がともった。


---


■7 ベルとアイへの“地球からのお願い”


「ベル、アイよ」


 大長老は深く息を吸った。


「お前たちには、地球からの小さなお願いがある」


「お願い……?」


「うむ」


 大長老は優しく笑う。


「どうか――

未来へ続く森や海を、ほんの少しでいい。

“好きでいて”くれんかの?」


 アイが目を丸くした。


「好きでいることが……自然を守ること?」


「そうじゃ。

 好きと思えば、大切にしようと思う。

 大切にすれば、守りたいと思う。

 守りたいと思えば、行動できる」


 ベルは胸に手を当てた。


「ぼくたち……できるよ。

 森が好きだし、動物も好きだし、妖精さんたちも……」


「そうじゃったな」

 大長老は目を細める。


「では――その“好き”を、どうかずっと忘れんでおくれ。

 それこそが、地球が人に託した灯火なのじゃ」


---


■8 星の祝福の夜


 その夜、星々はいつもより強く瞬き、空はまるで大きな笑顔を浮かべているようだった。


「ねぇベル」

「ん?」

「人って……地球の子どもなんだね」


「うん。ぼくら……ちゃんと守りたいね」


 手を握り合いながら、二人は星空を見上げた。

 まるで星たちが、「ありがとう」と微笑んでいるようだった。


 大長老はそんな二人を見つめ、静かに呟いた。


「――さあ、地球の未来はこれからじゃ」


 こうして

ベルとアイは、人が生まれた理由を知り、

そして彼らが未来へ運ぶ、小さな光を胸に宿したのだった。


---おしまい−−

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