【怪異】都市伝説探偵

スター☆にゅう・いっち

第1話

 わたしは都市伝説探偵・ゴロウ。

 各地の怪異譚を追い、映像とともにSNSに投稿している。

 再生数は伸びずとも、コメント欄の片隅に現れる“知ってる”という一言が、何よりの報酬だ。


 ――今回の目的地は、S県S市。

 地元で「口裂け女」が再び現れたという報告が、ここ一ヶ月で十件を超えた。

 昭和の怪談が令和に甦る? そんな甘い話は、だいたい誰かの悪ふざけだ。

 だが、それが“誰か”ではない時もある。


 夕暮れ、郊外の住宅街。

 カメラを回しながら歩く。

 「本日はS市郊外での検証取材です。目撃情報の多くはこの通り周辺――」

 と、軽くナレーションを入れたその時。


 ――ぺた、ぺた。


 背後から足音。

 続いて、ガアガアと低く濁った声。

 胸がざわつく。振り向くと、一人の女が通り過ぎていった。


 顔には大きな“くちばし”。

 足には黄色い“アヒルの靴”。


 「……アヒル?」

 冗談みたいな姿だった。

 だが、夜風に混じるその匂い――鉄のような、生臭さが、笑えなかった。


 「なんと、口裂け女の正体はアヒル女だった!」

 私はカメラに向かってそう冗談を言い、女に声をかけた。

 「おい、いたずらで人を驚かすなよ。撮らせてもらっていいか?」


 女は立ち止まる。

 ゆっくりと、振り向いた。


 「……あたし、きれい?」


 くぐもった声。

 その口はくちばしの奥で見えない。

 私は笑いながら言った。

 「くちばし女か。そんなもん、取っちまえよ」


 沈黙。

 そして――「……わかった」。


 女は両手でくちばしを掴み、ベリッと外した。

 その瞬間、夕闇に響いた生々しい皮膚の音。

 くちばしの下から現れたのは、耳元まで裂けた巨大な口だった。

 鋭い牙が並び、涎が糸を引く。


 「あたし、きれい?」


 声が近づく。

 足音がぺた、ぺたとリズムを刻む。

 私は動けなかった。

 冷たい手が肩を掴む感触。

 次の瞬間、牙が頭皮に触れ――。


 世界が、暗転した。


 ◆


 目を覚ますと、白い天井。

 病院のベッドの上だった。

 通行人が、道端に倒れていた私を発見したという。

 医師は言う。「転倒による軽い脳震盪ですよ」

 警察にも話した。「アヒル女に襲われた」

 笑われた。

 だが、頭に残る“噛まれた痛み”は消えなかった。


 さらに奇妙なのは、カメラだ。

 本体は無事。

 だが、問題の映像データだけが――完全に消えていた。

 削除ログもなく、復旧も不可能。

 まるで、その映像だけ“最初から存在しなかった”かのように。


 私はSNS投稿をためらった。

 信じる者はいない。

 だが、黙っていると、あの“声”が夜ごと聞こえる。


 ――あたし、きれい?


 堪らず、私は尊敬する都市伝説研究家・T先生に連絡を取った。

 数日後、返信が届いた。


 《S市の件、興味深い。現地で調査してみる》


 それきり、T先生は行方不明になった。



 都市伝説は、誰かが信じる限り、形を変えて存在し続ける。

“語る者”が消えても、“記録”は残る。


 次は――あなたの街で。

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【怪異】都市伝説探偵 スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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