壊れ得ぬ世界
鍋谷葵
壊れ得ぬ世界
光景の中に音が溢れ、切り立った崖に一匹の枯れた犬。
彼の鳴き声は空へと放られ、瞬きの共鳴に野鼠は震える。
そこは浄化により消え失せて、対象だけが残る。空間にはおけるあらゆる結合は解され、飾り石が砕け散る。
戸惑いの輝きが分裂する声を照らし、恥辱に塗れた汚染地へと広がりゆく。
蒙昧と不浄の中、足掻く生々は冷笑のうちに沈んでいく。
彼らを救い給う彼は形而上学とともに滅び、冷徹で、無臭で、一切の余念を許さぬ貧しき思索だけが蔓延った。
爛れた手が求めるのは紛うことなき心理と詰まらぬ栄誉。
口を出すのも憚られる美しき醜女に想いを寄せ、肉体は堕落してゆく。
捨てられた者どもは手を拒み、還元されることなき甘言を欲し、痩せ細った臓腑を肥えらせる。
喧しき文字は安逸を滅し、されど何も語らない。揺るぐ海と同じよう、消えては光る星辰と同じよう、ただ鳴き声を上げる鈴虫のよう、我らは郷愁を抱きながら一言も発さぬ。
ただそこにあり、そこにあるだけ。
壊れ得ぬ世界 鍋谷葵 @dondon8989
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