300字掌編小説置き場(配信用)

東堂秋月

絶対音感

 祖父は黒い出目金を飼っていた。十匹前後はいたと思う。

 祖父はなぜか水槽の正面ガラスにマジックで五本の線を描いていた。

「おじいちゃん、金魚見ながらよく鼻歌歌ってたよね」

 空になった水槽を覗き込みながら私はふと祖父を思い出し、しみじみと言った。祖父も金魚もいなくなってから三年が経っていた。

「じいさんはね、水槽の線を五線譜に見立ててたのさ」

 隣に立つ祖母が言う。

「金魚を音符代わりにメロディを読み取って歌ってたんだって」

 初耳だった。

「え? そんなことできるの? 金魚だって動くのに」

「ま、出鱈目だろ。冗談が好きな人だったからねぇ」

 びっくりする私を尻目に、祖母はにやっと笑うと、空の水槽に向かって小さく鼻歌を歌った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る