火車と白蓮

草群 鶏

 薄青に沈んだ灰色の建物群に、光の縞模様がすうと伸びていく。屋上を不法占拠する灌木の森を照らし、後ろ暗い稼業を秘めた飾り格子の窓を照らし、夜通しの勤めを終えてようやく眠りにつく女の瞼を容赦なく照らす。高架幹線道路は低層の雑居ビルを遥か見下ろすほどの高さ、ひょろ長いチューブを束ねた橋脚の列が街の三方を囲んでいて、ただでさえ良いとは言えぬ日照条件をまだらに悪化させている。

 それでも等しく朝は来る。

 かたや空の青を映す銀の肌、計画的に配置され整備された緑と絶え間ない人々の流れ、経済活動の中心として煌々と輝く耀河ようが特別行政区。その南方に位置する通称〈熔錬街ようれんがい〉。この区域には昼夜を問わず濃い影が落ちていた。

 熔錬街では外界の法律が適用されない。大きく四つの派閥が独自の法を布いて界隈を仕切っており、かれらに従うかぎりは適当な仕事を得て、比較的平穏に暮らすことができた。曰く、「どこに住んでどの法を守ろうとも、運が悪ければ事故には遭うもの」。住人たちはもちろん出入りする者たちの多くは本名を明かさず、必要以上に互いの事情に踏み込まない。用心のしどころがはっきりしているからかえって住みやすい、とは脛に傷のある者ならではの言い分かもしれないが、義理と筋を通せばある程度の無茶がきき、理不尽の種類がよそとは違うのだと言う者もあり、これが大都市から吐き出されるありとあらゆる歪みの受け皿となっていた。

 わずかな隙間でもできればすぐさま足場のあやしい建造物が立ち上がる込み入った街区のなかで、唯一ひらけた場所といえば街を東西にぶった切る広大な道路、新進大路しんしんたいろである。現政権の二代前に進められた都市間交通整備計画の名残であり、車線でいえば片道4車線に達するが、ただしく車道として機能しているのは最も外側の1車線のみ。中央分離帯と呼ぶには広すぎる帯状の土地はあくまで国家の所有地であり、各派閥の中立地帯として誰も手を出さないことが暗黙のうちに決められている。故にまるでのどかな公園のごとく、ほぼ何も建てられることなく誰のものにもならず、誰かの思いつきで植えられた怪しげな草花のほか、人の仕業か鳥の仕業か適当に投げ捨てられた種子から育った果樹がのびのびと育っていた。

 さて。この新進大路に面した、熔錬街の外ヅラとでも言うべき一画。そのなかでもひときわ異彩を放つ三階建てのビルがある。

 青白いタイルで化粧されたファサードに、いくらか錆びついてはいるものの意匠の凝らされた飾り格子。よく磨かれた両開きの硝子戸からは、どっしりとした木製のカウンターと古びたスツールが数脚並んだ清潔な店内を覗くことができる。カウンターの奥は両側に鉄製のバーが三段、天井までびっしりと掛けられた衣類は色とりどりの紙札で分類され、持ち主の受取りを待っている。

 掃き溜めに鶴。

 ほとんど素人が打設したような粗悪なコンクリート造が周囲にひしめくなかで、折り目正しく垂直と直角を纏った優等生。熔錬街のクリーニング屋〈白蓮洗衣店びゃくれんせんいてん〉は、猥雑な夜を抜けてようやく静けさを取り戻した朝の大通りに向かい、いますらりとシャッターを上げる。

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