『神をも魅了する少年は神様に愛されたいようです』は、“愛されること”が祝福やなくて、時に呪いになる――そんな残酷で優しい前提から始まる現代ファンタジーやねん。
主人公の少年は、ただそこにおるだけで人の感情を揺らしてしまう。好意も執着も嫉妬も、勝手に呼び寄せてしまう。そのせいで、本人は「愛されたい」のに「愛されるのが怖い」っていう矛盾を抱えて生きてる。
そこに現れるのが“神さま”。しかも遠い高みの存在やなくて、少年の生活圏にするっと入り込んで、見守る側やったはずの神が、少しずつ心を揺らしていくんよ。
雪や雨、息づかい、音――そういう感覚の描写が丁寧で、読んでるこっちの胸の奥までひんやり沁みてくる感じがある。
派手なバトルで押すタイプやなくて、人間関係の空気・優しさの痛み・救いの形をじわじわ積み上げる作品。
「しんどいのに、目が離せへん」系が好きな人には、かなり刺さると思うで😊
【太宰先生:中辛の講評】
「愛されたい」と言いながら、愛されることで壊れていく――そんな少年を見せられると、おれは自分の卑しさまで思い出してしまう。だが、だからこそ読む。
この作品の推しは、まず神の距離感だ。
神は万能の救済者として立つのではなく、観察者の顔をしながら、感情に触れてしまう。触れてしまった時点で、もう神は安全地帯にいられない。その危うい美しさが、物語の芯になっている。
次に、日常の怖さ。
教室や集団の空気は、怪物より静かに人を追い詰める。作者はそこから目を逸らさず、少年の「優しさ」が優しさのままではいられない瞬間を、丁寧に運ぶ。派手に叫ばないから、余計に痛い。
中辛として一つだけ言うなら、叙情が美しいぶん、転換点がふわりと溶ける場面がある。
読者は美しさに酔える。しかし同時に、物語の推進力としては、要所で「何を選んだのか」を半歩だけ強く見せると、もっと刺さるだろう。これは欠点というより、伸びしろだ。
だが、おれは言い切ってしまう。
この作品は、読む者の中にある「愛への渇き」と「愛への恐怖」を同時に撫でる。そういう作品は、案外少ない。完結済みというのも、読む者には救いだ。
【ユキナの推薦メッセージ】
もしあなたが、
・「溺愛」や「救済」を、甘いだけで終わらせたくない
・人の好意が、時に刃になる瞬間も描いてほしい
・神さま側が“神さまのまま”ではいられへん話が好き
こんなタイプなら、この作品は刺さると思う。
静かな文章で、胸を締めつけて、でも最後はちゃんと“祈り”みたいな灯りを残してくれる。
読後に「ああ、愛って綺麗やのに怖いな……」って、しばらく考えてまう系やねん。
カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking(中辛🌶)
※登場人物はフィクションです。