【エピローグ】 銀の森に咲く家族

 あの激しい戦いから、数年の歳月が流れた。

 狼獣人族の族長となったガロウの統治の下、獣人の国は、人間の国との間に安定した友好関係を築き、かつてないほどの繁栄を謳歌していた。

 その発展の中心には、いつもユンの姿があった。


 彼の紡ぐ『聖創の衣』は、もはや防具としてだけでなく、寒冷地の民を寒さから守る衣類として、また、病や怪我に苦しむ人々を癒す医療品として、国の隅々まで行き渡っていた。

 ユンは、民から「慈父(じふ)」と呼ばれ、深く、深く愛されていた。


 族長の館の庭では、今日も穏やかな時間が流れている。

 族長としての威厳を身につけ、さらに逞しくなったガロウの隣で、ユンは穏やかに微笑みながら、庭に咲き乱れる花々を眺めていた。

 彼の表情は、神殿にいた頃とは比べ物にならないほど、自信と幸福に満ちている。


 そして、そんな二人の足元を、小さな影が元気に走り回っていた。


「ちちうえ! ユンちちうえ! つかまえてごらんなさーい!」


 快活な声を上げているのは、二人の間に生まれた子供だった。

 狼獣人の血を引いている証である、ふさふさの銀色の髪と尻尾はガロウ譲り。

 しかし、その顔立ちや、優しげに輝く翠の瞳は、ユンによく似ていた。

 人間と獣人との間に子が成せるのかという周囲の心配をよそに、二人の深い愛は、奇跡という名の新たな命をこの世にもたらしたのだ。


「こら、あまり走ると転ぶぞ」


 ガロウが、普段のむすっとした表情からは想像もつかないほど、甘く、優しい声で息子をたしなめる。

 すっかり、朴訥だが愛情深い父親の顔になっていた。


「ふふ、本当に元気な子ですね」


 ユンは、愛おしそうに息子を見つめる。

 そして、隣に立つガロウの逞しい腕に、そっと自らの体を寄せた。

 ガロウもまた、ごく自然にユンの肩を抱き、その髪に優しく口づけを落とす。

 それは、長年連れ添った伴侶だけが持つ、穏やかで、満ち足りた愛情の形だった。


 役立たずと蔑まれ、孤独に生きてきた聖子。

 一途な愛で、その聖子を救い出した獣人の王。


 多くの困難を乗り越えた二人が手に入れたのは、子供の屈託のない笑い声が響き渡る、こんなにも温かく、幸せな未来。


 銀色の毛並みを持つ小さな狼の子が、花畑の中で楽しそうに跳ね回っている。

 それを見守る、不器用な父親と、慈愛に満ちた母親。


 銀の森に咲いた新しい家族の姿は、まるで一枚の絵画のように、どこまでも美しく輝いていた。

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神殿で「役立たず」と虐げられていた聖子の力は、実はあらゆる奇跡を紡ぐ伝説の至宝。一途な狼の王様に攫われ、運命の番としてひたすら溺愛される 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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