第18話 黒幕の野望
ユンの圧倒的な力の前に、戦いは完全に停滞した。
騎士団長ギデオンは、信じられないものを見る目で、ユンと、そしてその糸によって動きを封じられた自らの剣を見つめていた。
結界、広範囲治癒、そして物理的な干渉。一人の人間が持つ力とは、到底思えなかった。
「なぜだ……なぜ神殿は、これほどの力を持つ方を『役立たず』などと……」
ギデオンの呟きは、彼の正直な疑問だった。
これほどの力があれば、人間の国はもっと豊かになり、多くの民が救われたはずだ。それをせず、辺境の神殿に幽閉していた理由が、彼には理解できなかった。
その問いに答えたのは、ガロウだった。彼は、ギデオンを睨みつけながら言った。
「お前たちの長老が、この力を独占したかったからだろう。他の誰にも渡さず、自分だけのものにするためにな」
その時、後方で待機していたはずの騎士団の一部が、にわかに動き出した。
彼らはギデオンの指揮下にはない、別の部隊だった。彼らは獣人たちには目もくれず、一直線にユンの元へと向かってくる。
「何者だ!」
ブルクたちが彼らを阻もうとするが、彼らは特殊な魔道具を使い、獣人たちの動きを一時的に封じてしまった。
彼らは、長老直属の私兵。その目的は、ユンの捕縛だった。
ギデオンは、その光景を見て全てを察した。
長老は、最初から自分を信頼などしていなかった。この奪還作戦が失敗した場合に備えて、裏で別の手を打っていたのだ。
私兵の一人が、ユンに向かって特殊な捕縛網を投げつける。
それは、聖なる力さえも封じ込めるという、忌まわしい道具だった。
ユンは結界の維持に集中しており、迫る脅威に気づいていない。
「ユン!」
ガロウが叫び、ユンを庇おうとする。しかし、ギデオンとの戦いで負った傷が深く、間に合わない。
絶体絶命かと思われたその時、一本の矢が飛来し、捕縛網を撃ち落とした。
矢が放たれた方を見ると、そこにいたのは、命令を無視して駆けつけたギデオンの副官だった。
「団長! 長老からの新たな命令書が!」
副官が掲げた羊皮紙には、長老の印が押されていた。そこに記されていた内容は、信じがたいものだった。
『ギデオンが任務に失敗した場合、聖子ユンを「生きた魔力供給源」として確保せよ。抵抗する場合は、四肢を拘束してでも神殿へ連行すること。彼の命は、我の不老不死のために必要不可欠である』
それは、聖職者の言葉とは思えない、欲望にまみれた非道な命令だった。
神殿がユンを「役立たず」として扱っていたのは、その規格外の力を周囲から隠し、時期が来たら、彼の生命力と魔力を全て吸い上げて、自らの不老不死の糧とするためだったのだ。
ギデオンは、わなわなと震えながら命令書を握りしめた。
自分が忠誠を誓った相手は、民を導く聖職者などではなかった。己の欲望のために、聖子一人の命を弄ぼうとする、悪魔だったのだ。
「……長老様は、我々を、神殿を、裏切られた」
真実を知り、ギデオンは膝から崩れ落ちた。自分が信じてきた正義が、音を立てて崩れていく。
ユンもまた、その内容に言葉を失っていた。
自分が蔑まれてきた理由。自分が孤独だった理由。
その全てが、一人の老人の、醜い欲望のためだったと知って、激しい怒りと悲しみが込み上げてきた。
ガロウは、そんなユンの肩を抱き寄せると、全ての元凶である神殿の方角を、燃えるような瞳で睨みつけた。
「もはや、交渉の余地はない。悪の根源を、断ち切るのみだ」
戦いの目的は、もはやユンの奪還と防衛ではなかった。
一人の聖職者の歪んだ野望を打ち砕くための、聖戦へと姿を変えようとしていた。
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