第17話 奇跡の糸

 ユンが作り出した光の結界は、戦場の流れを完全に変えてしまった。

 獣人たちの傷は癒え、士気は天を衝くほどに高まる。

 一方、神殿騎士団は魔法攻撃を無効化され、目の前で起こる奇跡的な光景に、ただただ動揺を隠せないでいた。


「怯むな! 奴は一人だ! 魔法が効かぬなら、直接叩け!」


 騎士団長ギデオンが檄を飛ばし、部下たちの混乱を鎮めようとする。

 彼は、奇跡の中心に立つユン――その力の源を排除せねば、この戦いに勝ち目はないと判断した。


「聖子様をお守りしろ!」


 ブルクをはじめとした獣人たちが、ユンの周りに壁を作る。

 しかし、ユンは結界を維持するために全ての意識を集中させており、完全に無防備な状態だった。


 ギデオンは自ら剣を抜き、ユンへと向かって突進する。

 彼の行く手を阻む獣人たちを、卓越した剣技で次々となぎ払っていく。その眼は、ただ一点、ユンだけを見据えていた。


「やらせるか!」


 そのギデオンの前に立ちはだかったのは、全身全霊の力を取り戻したガロウだった。

 銀狼の巨体が、まるで壁のようにギデオンの進路を塞ぐ。


「お前の相手は、俺だ」

「次期族長……! どいてもらおう!」


 ガロウの爪とギデオンの剣が、激しく火花を散らす。二人の頂上決戦が始まった。


 ギデオンの剣技は凄まじかった。神殿騎士団長の称号は伊達ではなく、その一振り一振りは、獣人族の屈強な戦士さえ一撃で屠るほどの威力と精度を兼ね備えている。

 しかし、今のガロウはユンの結界の恩恵を受け、常に全快に近い状態で戦うことができた。どれだけ斬られても、傷はすぐに塞がってしまう。


「くっ……! なんだこの再生能力は……!」


 次第に、ギデオンの表情に焦りの色が浮かび始める。

 彼は、このままではジリ貧になると悟り、懐から小さな魔道具を取り出した。それは、長老から密かに渡されていた、聖なる力を一時的に増幅させる禁断のアーティファクトだった。


 魔道具が砕け散ると、ギデオンの全身から金色のオーラが立ち上る。その力は、明らかに常軌を逸していた。


「聖なる光よ、我が剣に宿れ!」


 ギデオンの剣が、まばゆい光を放つ。その一撃は、ユンの治癒能力さえ上回る、浄化の力を宿していた。

 ガロウはそれを避けきれず、肩口を深く斬り裂かれる。傷口から黒い煙が上がり、再生が追い付かない。


「ガロウさん!」


 ユンが悲鳴を上げた。結界の維持と、ガロウへの心配。二つのことに気を取られた瞬間、結界の光がわずかに揺らいだ。


 その隙を見逃すほど、ギデオンは甘くなかった。

 彼は、これが最後の好機とばかりに、全霊の力を込めて剣を振りかぶる。狙うは、ガロウの心臓。


 誰もが、勝負は決したと思った。


 その瞬間、ユンの指先から、数本の銀色の糸が、まるで稲妻のように放たれた。

 糸はギデオンの剣に絡みつき、その動きを寸分のところで停止させる。


「なにっ!?」


 驚愕するギデオン。さらに、別の糸がガロウの傷口へと飛んでいき、彼の体を瞬く間に治療していく。

 ユンは、結界を維持しながら、同時に糸を自在に操るという離れ業をやってのけたのだ。


 そして、ユンは静かに、しかし戦場全体に響き渡る声で言った。


「もう、誰も傷つけないでください。戦いは、終わりです」


 その声には、争いを止めさせようとする、強い意志が込められていた。

 彼の体から放たれる聖なるオーラは、戦場にいる全ての者の心を、穏やかに鎮めていくようだった。


 騎士たちも、獣人たちも、いつしか武器を下ろし、奇跡の糸を操る聖子の姿に、ただ見入っていた。

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