第12話 絆の証

 ユンが流行り病を一夜にして鎮めたという知らせは、瞬く間に国中を駆け巡った。

 その奇跡の御業に、獣人たちは畏敬の念を深め、そして心からの感謝を捧げた。


 もう誰も、ユンのことを「次期族長様のお連れ様」とは呼ばなかった。

「聖子様」という敬称で呼ぶ者もいたが、それ以上に多くの人々が、親しみを込めて「ユン」「ユン様」と彼の名を呼んだ。

 それは、彼がもはや客人ではなく、この国にとってかけがえのない、大切な一員として認められた証だった。


 外を歩けば、子供たちが駆け寄ってきて、感謝の気持ちを込めて摘んだ花を渡してくれる。

 市場へ行けば、店主たちが一番良い品を「これはお代はいらないから」と渡そうとする。

 その度にユンは恐縮したが、人々が向ける屈託のない笑顔と善意に、胸がいっぱいになった。


「ユン殿、本当にありがとう。弟はすっかり元気になった。この御恩は、一生忘れん」


 ブルクは、深々と頭を下げて礼を言った。

 その隣では、元気にはしゃぐ弟が、ユンの作った鳥のお守りを大切そうに握りしめている。


 生まれて初めてだった。これほど多くの人から、感謝され、必要とされていると実感できたのは。

「誰かの役に立てた」。その喜びが、乾いた大地に水が染み渡るように、ユンの心を潤していく。

 神殿で失われていた自信と自己肯定感が、確かなものとして胸の中に根付いていくのを感じた。


 ガロウは、そんなユンを少し離れた場所から、誇らしげな眼差しで見つめていた。

 自分が選んだ番が、これほどまでに素晴らしい力と魂の持ち主であったこと。その事実が、彼にこの上ない喜びと誇りを与えていた。


「すっかり、この国の英雄だな」


 ガロウが近づいて声をかけると、ユンははにかんで首を振った。


「俺は、何も……ただ、できることをしただけです」

「その『できること』が、誰もできない奇跡なんだ」


 ガロウは、人々の輪の中心で柔らかな笑みを浮かべるユンの姿に目を細めた。

 最初に出会った頃の、怯えと諦めを宿した瞳はもうそこにはない。自信に満ち、穏やかで、そして慈愛に満ちた表情。

 彼が本来持っていた輝きが、今、完全に解き放たれようとしていた。


 その夜、二人きりになった部屋で、ガロウはユンを後ろから優しく抱きしめた。


「ユン。お前は俺だけの宝だと思っていたが……どうやら、この国全体の宝だったらしい」

「ガロウさん……」


 ガロウの腕の中で、ユンは心地よい温かさに身を委ねた。


「お前が皆から愛され、慕われるのは、俺も嬉しい。だが……少しだけ、妬けるな」


 耳元で囁かれた、独占欲を隠さない言葉。その熱い響きに、ユンの心臓がとくんと跳ねた。


「俺は……あなたのものです」


 思わず、そんな言葉が口をついて出た。言ってから、あまりの大胆さに顔が真っ赤になる。

 しかし、ガロウはそんなユンを愛おしそうに、さらに強く抱きしめた。


「ああ、知っている。お前は俺の番だ。誰にも渡さない」


 ガロウはユンの肩に顔を埋め、彼の匂いを深く吸い込んだ。それは、魂を安らげる、世界でただ一つの香り。


「ユン。戦いが終わったら、正式な儀式をしよう。お前を、俺の唯一の番として、全ての民の前で迎え入れる」

「……はい」


 それは、プロポーズの言葉だった。

 ユンは、込み上げてくる幸福感に、こくりとうなずくことしかできなかった。


 迫りくる戦いの脅威。だが、今の二人には恐怖はなかった。

 守るべきものがある。共に戦う仲間がいる。そして何より、互いの存在が、何よりも強い力となっていた。


 ガロウが、ユンの手を取る。そのごつごつとした大きな手は、ユンの全てを守り抜くという決意に満ちていた。

 ユンもまた、その手を強く握り返す。この温もりを、この幸せを、決して失わせはしない。

 二人の絆は、誰にも壊すことのできない、固い証となって輝いていた。

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