第11話 力の新たな側面

 騎士団との衝突が避けられないものとなる中、獣人の国ではもう一つの問題が持ち上がっていた。

 国内の子供たちの間で、原因不明の流行り病が発生したのだ。


 高熱が続き、酷い咳に苦しめられ、徐々に衰弱していく。

 国の薬師たちが様々な薬草を試したが、効果は一向に現れなかった。

 病は子供たちを中心に、じわじわと広がり始め、国中に暗い影を落としていた。戦を前にして、民の間に不安が広がっていく。


 ガロウも対応に追われていたが、有効な手立てが見つからず、苦々しい表情を浮かべていた。

 そんな彼の姿を見ていたユンは、何もできない自分の無力さを感じていた。自分の糸は、怪我は治せても、病を癒やすことはできない。そう思っていた。


 ある日、ユンはリリィに連れられて、病の子供たちが集められている療養所を訪れた。

 部屋の中には、苦しそうに咳き込む子供たちの姿があった。その小さな背中が揺れるのを見るたびに、ユンの胸は痛んだ。


 中でも一番症状が重いのは、熊獣人のブルクの幼い弟だった。

 高熱で意識が朦朧とし、荒い呼吸を繰り返している。ブルクも、普段の豪快さはどこへやら、憔悴しきった様子で弟のそばに付き添っていた。


「ユン殿……すまないな、こんなところを見せて」

「いえ……何か、俺にできることはありませんか?」


 ユンの問いに、ブルクは力なく首を振った。


「薬師も匙を投げたんだ。あとは、この子の生命力を信じるしか……」


 その時、ユンは子供の体から、微かに黒い靄のようなものが立ち上っているのに気がついた。

 それは、ただの病気ではない。邪気――悪しき魔力のようなものだった。

 神殿にいた頃、浄化の力を持つ聖子たちが、同じようなものを祓っているのを見たことがある。


(もしかしたら……)


 ユンは、祈るような気持ちで指先から糸を紡ぎだした。

 そして、その銀色の糸を編み込み、小さな鳥の形をしたお守りを作る。

 彼はそれを、ブルクの弟の小さな手に、そっと握らせた。


「気休めにしかならないかもしれませんが……」


 ユンがそう言った瞬間、お守りが淡い光を放ち始めた。

 光は、子供の体を包み込み、彼から立ち上っていた黒い邪気を、まるで光が闇を打ち消すかのように浄化していく。


「お、おい、なんだこれは……!」


 ブルクが驚きの声を上げる。

 光が収まった時、子供の荒かった呼吸は穏やかになり、熱で赤らんでいた顔にも血の気が戻っていた。すやすやと、安らかな寝息を立て始めたのだ。


「邪気が……消えた?」


 ユンも、自分の力が引き起こした現象に驚いていた。

 彼の力は、物理的な防御や治癒だけでなく、穢れを祓う浄化の力をも秘めていたのだ。

 それは、神殿の聖子たちが行うものとは比べ物にならないほど、強力で根源的な力だった。


 この病の原因は、騎士団の進軍に伴って流れ込んできた、人間の国が発する淀んだ魔力――邪気が、抵抗力の弱い子供たちに影響を及ぼしたことだったのだ。


 知らせを受けたガロウが、すぐに療養所へ駆けつけてきた。

 弟が回復したのを見て涙ぐむブルクと、奇跡の光景を目の当たりにした他の獣人たち。そして、その中心に立つユンを見て、ガロウは確信した。


「ユン……お前は、本当に……」


 ガロウは言葉を詰まらせながらも、ユンのそばに寄り、その肩を強く抱いた。


「国を、救ってくれたんだな」


 その日、ユンは夜を徹して、病に苦しむ全ての子供たちのために、お守りを作り続けた。

 彼の紡ぐ聖なる糸は、一人、また一人と子供たちを病から解放していった。


 今まで、自分の力は地味で、他の聖子たちに劣るものだと思い込んできた。しかし、それは違ったのだ。

 布を織れば最強の防具となり、傷に触れれば治癒の奇跡を起こし、そして祈りを込めれば邪を祓う浄化の光となる。

 ユンの力は、あらゆる聖なる力の根源とも言える、万能の力だった。


 夜が明ける頃、国中から病の苦しみは消え去っていた。

 療養所の外には、回復した我が子を抱いた親たちが集まり、ユンへの感謝の言葉を口々に叫んでいた。

 その光景を前に、ユンは静かに涙を流した。それは、自分の本当の価値と使命を見つけた、感動の涙だった。

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