第10話 ガロウの覚悟
国境付近の物見から、人間の国の騎士団が集結しているとの報せがもたらされた時、獣人の国には緊張が走った。
明らかに、彼らの目的はこの国にある。そして、その理由も明白だった。
族長の館で、ガロウは父である現族長と向かい合っていた。
卓上に広げられた地図には、騎士団の進軍予測ルートが記されている。
「人間の狙いは、ユン殿で間違いないだろう。神殿が、あれほどの力をみすみす手放すはずがない」
族長の言葉に、ガロウは固く拳を握りしめた。
ユンが神殿で「役立たず」として扱われていたという話は聞いていた。だがそれは、彼の力の価値を隠すための偽装だったのだ。
「彼らは、ユンの力を軍事利用するつもりでしょう。絶対に、渡すわけにはいきません」
ガロウの金色の瞳に、強い決意の光が宿る。そんな息子の姿を、族長は頼もしげに見つめていた。
「お前に問う、ガロウ。次期族長として、お前はこの国をどうする。そして、自らの番を、どう守る?」
それは、父親としてではなく、族長として、ガロウの覚悟を問う言葉だった。
ただ愛する者を守りたいという私情だけでは、国を率いることはできない。一族の未来、民の命、その全てを背負う覚悟があるのか、と。
ガロウは、迷いなく立ち上がった。そして、父の目をまっすぐに見据えて宣言する。
「ユンも、この国も、すべて俺が守ります。俺の番を奪おうとする者がいるのなら、それが人間だろうと神だろうと、全力で叩き潰すまで。それが、狼獣人族の次期族長としての俺の覚悟です」
その言葉には、一片の揺らぎもなかった。私情と公の責任。その二つを分けるのではなく、一つにして背負い込むという、力強い決意表明。
息子の成長を目の当たりにした族長は、満足げに深くうなずいた。
「……それでこそ、俺の息子だ。全軍の指揮権を、今この時をもってお前に委ねる。好きにやれ」
「はっ!」
一方、館の外の不穏な空気を察したユンは、不安な気持ちを抱えていた。
自分のせいで、この国に戦火が訪れようとしている。自分がここに来なければ、皆が危険な目に遭うことはなかったのではないか。
(俺が、神殿に戻れば……)
そんな考えが頭をよぎる。自分が犠牲になれば、全てが丸く収まるのかもしれない。
思い詰めた表情で庭をさまよっていると、背後から力強い腕に抱きしめられた。振り返るまでもなく、それが誰なのかは分かった。
「……ガロウさん」
「馬鹿なことを考えるな」
心を読んだかのような言葉に、ユンは息を呑んだ。ガロウはユンを自分の方に向き直させると、その両肩を掴んだ。
「お前が神殿に戻って、それで解決するとでも思っているのか。あいつらは、お前を道具としてしか見ていない。二度と、お前をあんな場所へは帰さない」
ガロウの真剣な眼差しが、ユンの迷いを打ち砕く。
「お前のせいではない。お前の力を悪用しようとする、奴らが悪いだけだ。お前は何も気に病むことはない。ただ、俺のそばにいればいい」
力強い言葉だった。けれど、ユンの不安は消えない。
「でも、戦いになれば、誰かが傷つく……ガロウさんだって……」
「俺は、お前が思うほど弱くはない」
ガロウはそう言うと、ふっと笑みを浮かべた。それは、ユンが初めて見る、絶対的な自信に満ちた王者の笑みだった。
「それに、俺にはお前がついている。お前の紡いだ糸で作った防具は、兵たちの士気を上げ、多くの命を救うだろう。お前は、守られるだけのか弱い存在ではない。共に戦う、俺の誇り高き番だ」
その言葉が、ユンの心に深く響いた。
自分は無力ではない。自分にも、この国のために、そしてガロウのために出来ることがあるのだ。守られるだけでなく、共に戦う存在なのだと。
目の前に立つ、逞しい獣人。彼は、自分の全てを受け入れ、信じ、そして共に未来を歩もうとしてくれている。
「……俺も、あなたのそばにいます。何があっても」
ユンは、決意を込めてそう言った。
その瞳に宿った強い光を見て、ガロウは満足そうにうなずくと、そっとユンを抱き寄せた。
「ああ。お前がいれば、俺は負けん」
迫り来る脅威を前に、二人の心は一つになっていた。
この国を守るため、そして、互いの愛を守るため。彼らの戦いが、始まろうとしていた。
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