第7話 不器用な求愛
ユンが番になることを受け入れたと知ってから、ガロウの求愛は、不器用ながらもさらに熱を帯びていった。
毎日のように、彼は何かしらの贈り物をユンの元へ持ってきた。
ある日は、夜露に濡れた朝一番の美しい花を。またある日は、森の奥深くでしか採れないという、蜜のように甘い果物を。
さらには、職人に作らせたという、月の光を閉じ込めたような美しい装飾品まで。
しかし、贈り物を渡す時のガロウは、いつも仏頂面で口数も少ない。
「……これを、お前に」
そう言って品物を差し出し、ユンが受け取るのをただじっと見ているだけ。
ユンが「綺麗ですね、ありがとうございます」と微笑むと、ガロウは「そうか」とだけ返し、すぐにそっぽを向いてしまう。
最初は、喜んでくれていないのだろうかと不安になったユンだったが、すぐにそうではないことに気がついた。
ガロウは表情こそ硬いが、ユンが笑顔を見せると、背中の大きな尻尾がぱたぱたと嬉しそうに揺れ、ピンと立った耳が微かにぴくぴくと動くのだ。
感情が、耳と尻尾に正直に出るらしい。そのことに気づいてから、ユンはガロウの不器用な愛情表現を微笑ましく思うようになった。
(嬉しいなら、素直にそう言えばいいのに)
心の中でくすりと笑いながら、ユンはもらった花を水差しに生ける。そんな穏やかな日々が続いていた。
そんなある日、族長の館が少し騒がしくなった。現族長とガロウが、厳しい表情で話し込んでいるのをユンは見かけた。
何かあったのだろうかと心配していると、後からブルクが事情を教あえてくれた。
「いやなに、大したことじゃないんだがな。ガロウの族長就任が近いということで、ハイエナの獣人族から縁談が持ち込まれたんだ」
ハイエナの獣人族は、狼獣人族の次に勢力を持つ一族で、以前から何かと張り合ってくるライバル関係にあったという。
族長の座を狙う彼らは、自らの一族の娘をガロウに嫁がせ、外戚として権力を握ろうと画策しているらしい。
「もちろん、ガロウは一蹴したぞ。『俺の番はユンだけだ』ってな。だが、向こうも簡単には引き下がらんだろう」
ブルクはそう言って肩をすくめた。
ユンはその話を聞いて、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
自分は人間で、獣人の子を成すことができるかも分からない。それに比べて、ハイエナの一族の娘ならば、ガロウにとって、そしてこの国にとって、より良い伴侶になるのではないか。
そんな不安が、黒い染みのように心に広がっていく。
その夜、ユンの部屋を訪れたガロウは、どこか不機嫌そうだった。昼間の縁談の話が尾を引いているのだろう。
「ガロウさん、あの……縁談のこと、聞きました」
ユンがおずおずと切り出すと、ガロウは忌々しげに舌打ちをした。
「くだらん話だ。気にするな」
「でも……その、俺は人間ですし……」
ユンがそこまで言った時、ガロウは苛立ちを隠せないといった様子でユンの両肩を掴んだ。
その金色の瞳が、真剣な光を帯びてユンを射抜く。
「お前以外に、俺の番はいない。それは、この魂が決めたことだ。子供がどうとか、種族がどうとか、そんなことは些細な問題だ」
掴まれた肩が少し痛い。けれど、それ以上にガロウの言葉が、彼の必死な想いが、ユンの心を強く揺さぶった。
「ユン。お前は、俺では不満か?」
「そ、そんなことありません!」
思わず、大きな声が出た。ユンは慌てて首を横に振る。
「不満だなんて、一度も思ったことありません。俺は……ガロウさんのそばにいられるだけで、幸せです」
正直な気持ちだった。この不器用で、一途で、誰よりも優しい獣人が、ユンは好きだった。
はっきりと自覚したその想いに、顔がカッと熱くなる。
ユンの言葉を聞いたガロウは、一瞬、驚きに目を見開いた。
そして、次の瞬間には、その硬い表情がふっと和らぎ、万感の思いを込めたようにユンを強く抱きしめた。
「……そうか」
耳元で聞こえたその声は、安堵に震えていた。ユンの告白が、彼の不安をも拭い去ったのだ。
ユンも、おそるおそるガロウの逞しい背中に腕を回す。固い筋肉と、確かな温もり。
もう、この人を疑うのはやめよう。ただ、彼を信じよう。ユンはそう心に誓った。
ぎゅっと抱きしめ返すユンの頭上で、ガロウの耳が嬉しそうにぴこぴこと動き、ふさふさの尻尾がぶんぶんと大きく揺れていたのを、ユンはまだ知らない。
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