第7話


 道埜はゲルの外で、天埜の言葉に聞き耳を立てていた。

 正直、天埜が羨ましい。

 心配してくれる父と、存命の暖かな母が側にいてくれることが、どれほど恵まれていることか。

 道埜の父は、道埜のことを心配したことは一度足りともない。

 生まれた時からすっと疎まれ、嫌われていた。いつかは父と和解できる日が来ると信じて切磋琢磨して過ごしていたが、最終的には父から刺し殺されて道埜と父の関係は終わった。

 人の持つ嫉妬や恨みの心を変えることは並大抵のことではない。周囲からどれだけ信頼され、自身がどれだけ洗練潔白で過ごしても、相手に信じて貰えなければ意味がない。その事を幼い道埜は知らなかったし、誰からも教えて貰うことはなかった。

 道埜が立派な人間だと褒め称えられるほど、父からは憎悪の眼差しを向けられる。信じて欲しい相手から忌み嫌われる日々はとても辛かったが、唯一の救いは妹の存在だった。妹は道埜をとても慕っていた。

 母は妹を産んで間もなく死亡しているため、妹が母から受けるはずだった愛情を道埜は惜しみなく妹に与えた。しかし、そんな最愛の妹も道埜の目の前で賊に殺されてしまった。

 父は道埜が賊を手引きして妹を亡き者にしたと考え、妹殺しの兄として、道埜は父に断罪された。


 ーーー冤罪だ。


 だが、道埜は否定できなかった。妹が殺されたのは事実だし、父に道埜の言葉は届かなかった。もう、この事実は変えることはできない。



 だからこそ道埜は思った。

 もし、天埜が使命を捨てて、このまま父と母の愛に包まれ、部族の人々と一緒に暮らすことを選んだとしても、道埜は止めることはない。

 道埜は人一倍、家族愛を、人の家庭の幸せを願っているから、それを妨げる何かがあったとしたら、力を駆使し、この身に変えても守るだろう。

 それなのに天埜は家族を、部族を捨てることを選んだ。道埜には天埜の選択が分からなかった。

 今なら、まだ人として生きる道もあるのに、愛する両親や部族の人々がいるのに、使命を選択する天埜のことがーー。


(分からない)


 天埜の両親も、天埜がいなくなるとしても引き留めないと言った。

 分からないことだらけで、道埜は自分がまだまだ勉強不足だったと痛感させられた。


「人の幸せは千差万別、ということか」


 道埜は呟き、自身の為に用意されたゲルへと戻った。


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