魔人の衛兵 ~皆を守る為に魔獣と化した衛兵、次は人間に狙われる~
水乃ろか
第1話 本日もいつも通り、異常あり
「アデル、ポーション屋で冒険者が問題を起こしたらしい。至急、向かってくれ」
衛兵詰所の奥から聞こえた上司のガイフォンの低く響く声に、俺は短く「了解です」と返した。
手に馴染んだ木製の柄に金属の穂先がついた衛兵槍を掴み、扉を蹴って外へ飛び出す。
街で起きた問題は、衛兵が対応する――それが俺たちの仕事だ。
……そう、俺はこの街の衛兵だ。
この城下町には多くの冒険者がいる。モンスターや魔獣など、人々に脅かす脅威と戦う存在。
その冒険者の中でも、“転生者”と呼ばれる異世界出身の者が少なくない。彼らは特別な力を持っており、この世界の人間より遥かに強い。
だからこそ、冒険者として成功する者も多い――だが、その力が時に問題を招く。
通報のあったポーション屋に駆けつけた瞬間、俺は息をのんだ。店はすでに半壊していたからだ。
木壁は吹き飛び、ガラスの破片が床に散乱している。現場にはすでに一人の衛兵が対応に当たっていた。
見慣れた金色の髪の男の後ろ姿――後輩のクレスだ。クレスの整った顔が険しく歪んでいる。
「クレス、どういう状況だ?」
「あ、アデル先輩。来てくれて助かりましたよ~。……また転生者です」
『また転生者です』その一言がすべてを物語っていた。
転生者は強すぎるがゆえに、慢心しやすい。力に溺れ、傲慢になる者も多い。
クレスの横に立っていた少年を見ると、腕を組み、こちらを不満げに見ていた。
まだ若い――十六、七歳といったところか。その目には、“面倒くせえな”という感情がありありと浮かんでいる。
「これ、あんたがやったのか? 冒険者か?」
「はぁ~……そうだけど。――あれ? また俺、なんかやっちゃいましたぁ~?」
軽口を叩くその声音に、ぞっとする。
この手の転生者特有の“衛兵を下に見る態度”にはもう慣れた。
慣れたが……やはり腹が立つ。
「なんでこんなことをしたんだ?」
「……ちょっと魔法の練習しただけだよ」
「ちょっと、ね……」
半壊した店。吹き飛んだ木壁。なぎ倒された周囲の木々。
ポーション屋の主人は青ざめ、オロオロと震えている。
――どこが“ちょっと”なんだよ。
「クレス、主人を落ち着かせてあげてくれ。……で、冒険者さん。こんな街中で魔法の練習は止めてください。危ないので」
「……へーい」
軽い返事。まるで子供が叱られた程度の軽さだ。怒りが喉の奥で燻る。
「人に被害が出なかったのは幸運でした。店の修理費などは冒険者ギルドを通じて請求します。ですので、冒険者カードを見せてもらえますか?」
「はぁ~……わーったよ」
しぶしぶと出したカードの情報をメモに書き写し、形式的な手続きを終える。
そして、渋々ながらも彼を釈放した。
転生者は、殺しや盗みなどの重罪でない限り、すぐに解放される――それがこの国の方針だ。
転生者は、国にとって貴重な戦力。魔獣を狩って得られる“魔石”は、強大な魔法を使う際や、街の灯や水を動かす魔力源になる。
ゆえに、多少の被害には国が目をつぶる。
……理屈は分かる。だが、納得はできない。俺たち衛兵の仕事の多くは、冒険者、とりわけ多い転生者の後始末だ。
もちろん全員が悪ではない。だが、力を与えられたまま挫折を知らぬ者ほど、危険な存在になりやすい。
そして、詰所に帰って報告書を書く。『本日もいつも通り、異常有り』と。
――翌日。
後輩のクレスと一緒に街を巡回していると、広場の方が騒がしい。
駆けつけると、案の定、冒険者同士の喧嘩だった。
「衛兵です! 街中での決闘は禁止されています! すぐにやめてください!」
怒鳴るように叫んだが、二人には届かない。
空気がぴりつき、地面が震える。魔力の衝突音が耳を裂く。
この力、そして周りを気にせず暴れる状況から、おそらく転生者だろう。
「てめぇ、ぶっ殺してやる! 」
「あ? お前ごときが俺に勝てるかよ!」
――まただ。
俺は槍を突き出し、二人の間に割って入る。
「おふたがた! すぐに止めてください!」
俺は槍を二人の間に割り込ませた。それは戦うための構えではない。“衛兵が来た”と知らせるための行動だ。
だが、二人は完全に我を忘れている。まるで聞く気なし。
ついに、喧嘩をしている冒険者から魔法が放たれ、さらにそれを打ち消そうとした魔法が、周囲に散って爆風が街を飲み込んだ。
周囲の破壊された建物の屋根の一部が崩れていく。
――そのとき、瓦礫の落下地点に、小さな女の子がいるのが見えた。
「危ない!」
考えるより先に身体が動いた。女の子を抱きかかえ、地面を転がる。
ドガガガガ!という轟音とともに、背後に落ちてきた屋根の一部が地面を裂いた。
間一髪だ。
「大丈夫か? 怖かったな。もう大丈夫だ」
震える少女の小さな手が、俺の鎧をぎゅっと掴む。
怒りが、胸の奥で爆ぜた。
「クレス! この子を頼む! 安全な場所へ!」
「は、はい!」
脅えた女の子をクレスに託し、俺は再び転生者たちへと向かう。
「おい! 今すぐやめろ! ……やめろっつってんだろうが!」
怒鳴っても冒険者達の喧嘩は止まらない。
俺は堪えきれず、一人の転生者の身体を掴み抑え込んだ。
――が、まるで効果が無い。
「なんだてめぇ!!」
ドゴォッ!
怒号と共に転生者の拳が飛んできた。
胸に強い衝撃。
着ていた薄い鉄製の軽鎧がメキョメキョと鳴り悲鳴を上げる。
視界が跳ね、地面が遠ざかった。
「ぐはっ!」
――飛んだ。数メートルどころじゃない、数十メートルだ。
このまま叩きつけられたら死ぬ。
そう思った瞬間、俺の身体が空中でふわっと止まった。
「大丈夫か?」
聞き覚えのない、落ち着いた女性の声。
どうやら、吹き飛ばされた俺は、この女性に受け止められていたようだ。
その俺を抱えてくれていたのは、金色の長髪がなびく、眼帯を付けた隻眼の女性だった。
見ると、冒険者の出で立ちをしている。
俺は返事をしようとしたが、胸が圧迫された衝撃で返事ができない。
彼女は俺を地面に降ろし、すぐに回復魔法をかけてくれた。
「う……ありがとうございます」
俺の感謝の言葉にこくりと頷く彼女は「私が止めてくる」と小さく呟いた。
彼女は喧嘩をしている二人の方へ向いて、叫んだ。
「貴様ら! こんな往来で何をしている!」
その怒声に、ビリビリと空気が震えた。
さっきまで暴れていた転生者たちが、その実力差を悟ったのか、ぴたりと動きを止める。
彼女の圧だけで、戦いが終わった。……これが本物の実力者ってやつか。
「すまなかったな」
謝ったのは、問題を起こした二人ではなく――その女性冒険者だった。
「いえ、そんな……あなたが謝らないでください。それよりも、ご協力感謝いたします。助かりました」
そう言うと、彼女は小さく微笑み、一礼して去っていった。……同じ“冒険者”でも、こうも違うものか。
詰所に戻ると、砕けた鎧を見た上司のガイフォンが心配そうに眉をひそめた。
「大変だったみたいだな」
「ええ、死にかけましたよ」
砕けた胸鎧を外しながら、苦笑いを返す。
そして、また報告書を書く。――『本日もいつも通り、異常有り』と。
ーーーー
「いや~先輩、今日のアレ、マジでかっこよかったですよ! 女の子助けたところ! あと転生者にどついた所、スカっとしました!」
仕事を終え、酒場に寄った俺とクレス。酒が入ったクレスは上機嫌だ。
「何言ってんだ。それで俺は死にかけたんだぞ。かっこいいどころか、結局何もできなかったしな」
「いやいやいや! その気概が大事なんですって!」
クレスの明るいノリは、正直救われる。
……こんな奴だが、信じられない事にクレスは王族フィーンズ家の四男だ。
跡継ぎ争いに嫌気が差し、平民に近い“衛兵”という職を選んだ変わり者。
王族だった故か、少しズレた感覚を持っているが、根は真っ直ぐで、憎めない。
「で、先輩。実はですね~、大切な報告があるんですよ~」
酔って顔を赤らめたクレスが言う。
「どうした? 猫でも拾ったか? それとも小銭か?」
「へっへ~。実はですね、私クレス……新しい彼女ができました!」
「……は? いつの間に!?」
「例の道具屋で働いてる娘ですよ!」
クレスは顔がよく、話上手なため、すぐ彼女ができる。
しかし、その性格の軽さやだらしない部分が目立ち、すぐ女の子に振られる。
最速、半日でふられた事もある。
「ああ、あの子か! 仲良さそうだとは思ってたけど……そうか! おめでとう!」
「ありがとうございます! 結婚式には絶対来てくださいね~!」
「気が早すぎるだろうが! しかし、次は何日もつんだ? いつもすぐ振られてるだろ?」
「ひでぇ! そりゃ言いっこ無しですって!」
「あっはっは! 冗談だよ! 明日はクレスも非番だったよな? 今日は奢りだ!」
その夜は、祝福の酒でクレスと酔いつぶれるまで飲んだ。
――だが、このささやかな祝宴は、翌日の絶望でかき消されることになる。
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